世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1469
世界経済評論IMPACT No.1469

ノモンハンから戦後80周年,戦争の影響は終わらない

田崎正巳

(STRパートナーズ 代表取締役)

2019.09.02

 日本で「戦後」と言えば今年で74年であるが,モンゴルでは今年は戦後80年である。モンゴルにとっての戦争とは「ハルハ河戦争」のことで,日本名「ノモンハン事件」である。ノモンハン事件の理不尽さについては多くの識者から言い尽くされているように,軍部の暴走によるとんでもない戦争であった。それらの経緯については,専門家の分析に任せることとし,ここでは「モンゴルにとって」のノモンハンを振り返ってみたい。戦争被害国は中国や東南アジアだけではないということである。

 ノモンハン戦争(以下,モンゴル研究第一人者である一橋大学名誉教授田中克彦氏の説に倣って「戦争」と呼ぶ)は1939年に起こった。当時のモンゴル人社会は社会主義国のモンゴル,ソ連領となったブリヤード・モンゴル,中華民国領の内モンゴルそして満洲国となった満洲北部のホロンボイル高原と,いくつにも分断されていた。しかもそれぞれの領土が列強の強い影響下にあった。ブリヤード・モンゴルとモンゴル人民共和国はソ連の管理下であり,内モンゴルは中華民国,そして満洲北部は日本の統治下にあった。この列強3か国は互いに敵対的な関係にあったが,一つだけ共通の目的があった。それは「分断されたモンゴルの統合は絶対に許さない」ということであった。

 中でもソ連は,独立を支援したものの,その後なかなかコントロールが効かないモンゴルの支配強化に困っていた。ところが,日本軍が運良く「意味のない戦争」を仕掛けてきたので,それを助けるという名目で大軍を送った。「モンゴル国境を敵国日本から守る」という名目で,大量のモンゴル人の「日本スパイ」を作り出し,それらをことごとく殺害した。昨日まで羊を追いかけていた純朴な遊牧民まで「日本のスパイ」にでっち上げられ,殺されていった。もちろん,首相などの政治指導者も多く含まれた。その数,わずか1年半で2万人と言われている。当時の人口70万人程度と言われたモンゴル人民共和国での2万人の重さは,モンゴル人に恐怖心を与えるに十分であった。

 衛星国家という名前を聞いたことがあると思うが,この「名誉ある」第1号は社会主義国モンゴルであった。ソ連はこの戦争を機に「モンゴルを助ける」という名目で軍を駐留させ,モンゴルを傀儡国家に仕立てていったのである。モスクワの意に少しでも逆らえば「粛清」という見返りが待っていたのである。

 ソ連は巧妙に社会主義時代を通じて,「日本人イコール悪,野蛮」というイメージを植え付けた。サムライという名前を我が国では誇らしく,スポーツの場でもでも嬉しそうに使っているが,戦後の社会主義諸国にとって「サムライは悪人の代名詞」となったのである。現在の日本人研究者でも呆れるほどひどかった日本軍のノモンハンへの仕業を見れば,敵国がそう捉えるのも無理はない。

 が,今ではモンゴルは世界有数の親日国となったのである。90年代の民主化後,窮乏に陥ったモンゴル国を誰よりも助けたのが日本であり,他の東アジアの国々と違い,モンゴル人は今もその時の感謝を口にする。政府も「日本のおかげで生き延びられた」と国民に伝えている。そんなモンゴルだから,もうノモンハン戦争のことは終わったかと言えるかというと,そうではない。

 実は,今もプーチンはそれを利用しているのである。一緒に戦ったと言いながら,実際は「極悪日本からの攻撃を助けてやった」と恩着せがましく何度も何度も言うのである。今では世界有数の親日国となったモンゴルも,このプーチンの「友好的な式典」を断るわけにはいかないのである。

 今年はノモンハン戦争(ハルハ河戦争)80周年である。プーチンは9月3日にモンゴルにやってくる。首都から800km以上も離れた戦地へ赴くという。私はこの7月に田中克彦先生と一緒にこの戦地へ行った。未だに戦車や飛行機の残骸など,生々しい戦争の爪痕が残されている。ロシアの資金援助で残されているのである。ロシアはしたたかである。21世紀の現代,モンゴル人の視界の先にはアメリカや日本があり,ロシアは忘れ去られようとしている。しかしながら,事あるごとにロシア首脳はモンゴルにやってきては「共通の敵,悪人日本を一緒にやっつけた!」と再確認し合うのである。

 ここにモンゴル人学者による恐ろしい数字がある。

 「20世紀のモンゴル国の歴史上,最大の出来事のハルハ河の戦争でさえも,モンゴル人民革命軍は237人が殺され,32人が行方不明となっただけだった。ところがこの戦争に先立つ1年半の間に,「国家反逆罪」で(ソ連の指示で)有罪とされた者はその117倍に,処刑された者は88倍の多数にのぼった。特別査問委員会の50回にのぼる会議だけとって見ても,19,895人を処刑したということは,毎日398人を処刑したことになる。」と述べている。

 それでも,モンゴルの敵は日本人であり,助けてくれたのはロシア人だということには変わりがない。日本人の蛮行を80年経っても,思う存分利用しまくっているのがロシア人なのである。戦争とはそういうものであり,一世代,二世代では終わらないのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1469.html)

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