世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1463

財界の死?

榎本俊一

(関西学院大学 准教授)

2019.08.26

 日韓関係が先行き不明となっている。これまで両国の先人達は21世紀の日韓関係の健全な発展のために尽力してきたが,文在寅政権誕生後の国内政治優先の論理による対日政策は日韓関係を破壊した。残念なことである。文政権は日本への安全保障情報提供は国益を損なうとして2019年8月軍事情報包括保護協定の廃棄を決定したが,それ以前にも日本を仮想敵国と想定することを匂わせたり,2019年7月の日本の対韓輸出管理強化に対して,文大統領は北朝鮮との南北協力による日本対抗を訴えたりするなど,自国の置かれた安全保障環境を無視した行動を続けてきた。

 日米韓の軍事同盟は米国の東アジアにおける影響力を維持するフレームワークであり,日韓の一部には米国支配の道具と見る向きがあるが,三国同盟は必ずしも片務的ではなく日本と韓国も受益者であり,特に韓国は在韓米軍だけでなく在日米軍の後ろ盾を確保することにより「半島有事」における対応力を格段に高めている。朝鮮戦争時,北鮮軍により米韓軍は半島南端に追い詰められるが,米国は援軍を半島中央部の仁川に上陸させ,北鮮軍の横っ腹を突くことで,形勢逆転に成功した。旧日本軍は,仮想敵国が半島を北から席捲した事態を想定し同様の作戦を有していたが,半島の安全には在日米軍の存在が大きい。半島有事において在日米軍が出動することは,日本を半島有事に巻き込む可能性を有するが,日本がそれを理由として在日米軍の活動に制約を求めたならば如何なる結果が待っているのだろうか。

 繰り返しになるが,日韓両国の先人達は日韓関係の発展とアジアの未来のために努力してきた。植民地支配については,1965年日韓請求権協定により韓国は植民地支配に伴う請求権を放棄したが,日本は韓国に対して巨額の経済援助を行い,官民挙げて韓国の経済発展に協力してきた。例えば,新日本製鉄(現日本製鉄)が1968年設立された浦項製鉄(現POSCO)に最新鋭技術を提供して高炉プラントを建設,同社の技術者・オペレータを日本国内プラントに招いて技術教育・訓練を徹底的に施し,韓国が自力で高炉プラント運転管理できるよう協力を行っている。1960年代,韓国は自前の鉄鋼産業を持つべく世界銀行・米国に対して高炉プラント融資を要請したが,資金・技術的に発展途上国には手の負えない時期尚早の事案として却下され続けてきたが,日本が資金・技術をフル提供することにより,韓国は自前の鉄鋼産業を持つという夢を達成した。

 これ以上は例を並べないが,日本の植民地支配が日韓関係にもたらした傷を癒そうとする先人の努力を無視し,文政権は2015年の慰安婦問題日韓合意を無視(合意の成立は否定せず),2018年に慰安婦への見舞金支給等を行う「和解・癒やし財団」を解散しただけでなく,国内の対日反感の高まりを放置して日本の大使館・領事館周辺に慰安婦像を設立するのを許し,さらには政府自体が慰安婦記念館を世界記憶遺産登録すべく予算計上するなど両国の努力を「無化」し続けてきた。そもそも日韓請求権協定により韓国が「国として」明確に放棄した戦時徴用工の補償に関しても,韓国最高裁判所が旧徴用工に対して損害賠償請求を認めて日本企業の在韓資産差押えを認めた事案についても,「司法の独立」を理由として放置。他にも,自衛隊機照射事件を巡る対応を見ても,当初,韓国軍が照射の事実を認めたにもかかわらず,照射の事実は存在せず日本のでっち上げであるとして一転謝罪を求めるなど尋常な交渉の成り立つ相手であるかを疑わせる状況が続いており,慰安婦問題にせよ徴用工問題にせよ事態はもはや解決の糸口も見出せない状況に立ち至っているのではないか。

 話がここまでこじれると,もはや関係修復は不可能かもしれない。日米韓三国同盟を東アジアの安全保障の基盤と見る米国は韓国に対して再三再四にわたり軍事情報包括保護協定延長を求めたにもかかわらず,韓国政府は協定破棄を決定したが,(事実上の盟主である)米国ですら文政権の動きに影響力を及ぼすことは難しくなっている。しかしながら,過去であれば,如何に困難な状況下でも日韓財界,特に日本経済界が政府とは独立した立場で日韓間の仲介の労を執ってきたが,文政権成立後,日本経済界は日韓問題について沈黙を続けている。三菱重工等が徴用工問題の補償請求の遣り玉に上がる中で日本政府が一貫して日本企業の立場に立ち毅然と対応していることから「財界は政府に何も言えない」と解説する論者もあるが,如何なものだろうか。先般,経団連等は就職協定廃止について「もはや協定を維持する力も意図もない」とし,グローバル競争する企業として雇用システムまで責任を負わないとした。財界は利益団体である。だが,「財界総理」時代には単なる利益団体ではないとの自負があった。日韓問題に関する沈黙は財界の叡智なのだろうか,財界の死なのだろうか。

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