世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
イノベーション「先進圏」EUを悩ますジレンマ
(桜美林大学院 教授)
2019.08.26
現在,経済の成長/繁栄の原動力,社会・環境の改善,国民生活の質/利便性の向上,生産性向上,国際競争力向上などの観点から,科学技術をテコとしたイノベーションの重要性は高まる一方であり,各国共様々な分野でのイノベーション推進・支援に余念がない。とりわけICT・デジタル分野におけるイノベーションのスピードは速く,5G(次世代通信インフラ)の展開,ビッグデータやクラウドを駆使しスマホやSNS媒体を通じ膨大な情報を入手・活用するデータ・エコノミー,第4次産業革命の中核をなすIOT,急速に利用・応用が拡大しているAI等が,イノベーションの象徴的イメージとなっている。
こうしたイノベーションとくにデジタルイノベーションの主役として,まずGAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾンの各社,いずれも米国),一方強力な対抗企業としてBAT〔バイドゥ,アリババ,テンセント,全て中国,及び5Gを推進するファーウェイも含められる〕という超ICT企業が挙げられる。またイノベーションを連続して生み出し,育成拡大する「エコシステム」としては,何といってもシリコンバレー〔米国〕,そしてこれに猛烈な勢いでキャッチアップしている深圳〔中国〕が抜きんでており,注目を集めている。
これに対してEUは,こうした超ICT企業(とくにGAFA)の攻勢にむしろ対抗して,データ基本権の確立ともいうべきGDPR(一般データ保護規則)制定を盾に,グローバルルールメーカーとしてそのプレゼンスが高まっている。しかしながら,実はEU諸国のデジタル競争力の評価は決して低くはない。なかでもデンマーク等北欧諸国は,他国に先駆けて国家戦略(公的サービスについてのデジタルシフト)としてデジタル化に注力してきた(キャッシュレス先進国,スウェーデン等の取組みもその一環といえよう)。
そして北欧諸国が推進するイノベーションのベクトルとしては,①地域社会(ソサイエタル)イノベーション(地域社会を,産・学・官による先端科学技術エコシステムにより活性化する),②手厚い福祉・医療制度等で高コスト体質となっている社会全体のデジタル・トランスフォーメーション,であると考えられる。
またドイツは2006年以降科学技術イノベーション戦略を策定し,とくに産業界のイノベーション推進として,2011年から「Industrie 4.0(第四次産業革命)」を掲げ,製造業の高度化に向けた産学官一体の戦略を推進し,世界のイノベーションリーダーとしてのドイツを展望している。
さて,様々な角度から各国の国際競争力を比較し,公表することで著名な国際経営開発研究所(IMD,スイス)は,米国のシスコシステムズと共同で,2017年より「世界デジタル競争力ランキング」を発表し,60か国以上の国を対象に,デジタル競争力の実力について評価を行っている。
2018年のデータによれば,米国(1位),シンガポール(2位)に続き,上記の北欧諸国が上位を占めている(スウェーデン3位,デンマーク4位,ノルウェー6位,フィンランド7位)。
次にOxford Economics(英国オックスフォード大学研究機関)と電通イージス・ネットワークが協同で作成・公表している「デジタル社会指標」〔主要国24か国についてランキング〕でも,北欧諸国は上位(4位のデンマーク,8位のノルウェーなど)を占めているが,一方で南欧諸国ではスペインが16位,イタリアは20位と,評価は高いとはいえない。
さらに,EU〔欧州委員会〕自体が毎年公表する,28加盟国のデジタル化度を示す「デジタル経済及び社会指数,DESIスコア〔2019〕」でも,トップはフィンランド,続いてスウェーデン・オランダとなっており,イタリア(24位),ギリシャ(26位)のデジタル化度は低い。
一方視点をイノベーションの主要担い手=企業レベルに変えてみる。世界の有力企業について,その「イノベーション力」を,BCG〔ボストンコンサルティンググループ)が毎年評価しており,「イノベーションに優れた企業ランキング」を発表している。2019年の上位ランク50企業を国別に見ると,米国の27社に次いで,ドイツが9社,オランダ/英国が各3社,EU全体で16社,となっている。BCGによれば2019年のキーワードは,「AI」「プラットフォームとエコシステム」で,この分野のイノベーションがメガトレンドとなっている。因みに日本は2社,中国も2社(アリババ,ファーウェイ)がランクインしている。ドイツ企業では,Adidas(総合スポーツ),BASF・Bayer(化学・医薬品),Siemens(エレクトロニクス,重電インフラ),BMW・Volkswagen・Daimler(自動車)など,有力企業がランクインしているが,EUのICT企業の名は見られず,また北欧・南欧企業の名は見られない。
こうしてみると,イノベーション先進圏としてのEUではあるが,以下のような不安・死角・課題が指摘されよう。
第一に(デジタル)イノベーションで高ランクに位置する国/地域は,北欧諸国・英・蘭・ドイツといったいわゆる北部諸国に遍在しており,南部(ギリシャやイタリア,スペイン等)諸国との格差は一向に縮小していない。
第二に,高福祉/高負担であり,社会保障を中心に大きな政府部門を抱えてきた北欧諸国が推進するイノベーション戦略は,産・学・官・地方を巻き込んだ独自の「エコシステム」として成果を修めているが,EU全体に適用・浸透している訳ではない。
第三に,米国GAFAの場合,米国を超えたグローバルレベルで,①イノベーティブなデジタル・プラットフォームを構築し,②市場(マーケット)を拡大し,多くのユーザーを獲得し,③独自のビジネスモデルを展開・深化させ,④その関連ビジネスのすそ野が非常に広範にのぼる(直接・間接に及ぼす経済効果は大きい)。
一方13億人の巨大市場を背景に,サービスインフラの近代化に邁進し,国家戦略として世界トップレベルの科学技術力を持つイノベーション型国家を目標(国家中長期科学技術発展規画綱要〔2006~20〕)とする中国は,そのイノベーション力,ビジネス化のスピードで,現在群を抜いており,急速に第四次産業革命の主役に躍り出てきた。EUにとり,両国は引き続き強力なデジタル・ディスラプション効果を持つ「脅威」であろう。
第四にEUの場合,統合の深化(市場統合など)やEUの国際標準化戦略等,グローバル戦略により,イノベーションの波及効果は徐々に高まりつつあるとはいえ,現状民間〔企業〕主体によるイノベーションのビジネス化や消費者の利便性拡大は,米・中の後塵を拝している。
もちろんEUは,世界レベルの科学技術研究を背景としたイノベーションの担い手として,存在感は大きいし,また早くからイノベーション戦略を掲げて実施〔2000年リスボン戦略〕していたものの,グローバルなイノベーション拠点としての発信力(とくにビジネス・イノベーション)の拡大については,更なる注力が必要であり,EU域内全体を巻き込んだイノベーションは今後の課題であろう。
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