世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1227
世界経済評論IMPACT No.1227

RCEP:インドの対中懸念で合意できず

石川幸一

(亜細亜大学 教授)

2018.12.24

 RCEP(東アジア地域包括的経済連携)は,2018年11月12日に開催されたRCEP閣僚会合で実質合意に至らなかった。トランプ政権による保護主義的通商政策が強まる中で自由化に積極的なシンガポールが議長国の2018年に合意することが期待されたが,残念ながら妥結は2019年に持ち越されることになった。RCEP交渉が開始されたのは,2013年だから交渉は6年目に入ることになり,5年で合意したTPPを超えることになる。

 11月に合意したのは,衛生植物検疫措置(SPS)と任意規格・強制規格・適合性評価手続き(STRACAP)の2章で,全19章のうち7章(ほかには,税関手続き・貿易円滑化,中小企業,経済技術協力,政府調達,制度的条項)が11月時点で合意済となった。物品貿易,サービスという市場アクセスおよび投資の留保リストについては実質的進展があったとし,市場アクセス交渉の妥結に近づいたが残っている懸隔(ギャップ)を埋めるために作業が必要としている。とくに,全てのRCEP参加国が2国間協定を相互に締結していないことに特別な考慮が必要としている。RCEP参加国間でFTAがないのは,中印,印豪,印NZ(ニュージーランド)および日中,日韓である(注1)。

 11月に合意できなかった大きな要因はインドの対応である。RCEPは「ASEAN+1FTAを相当程度改善した,より広く深い約束」を交渉の基本指針と目的の一つとしているが,ASEANとインドのFTAの自由化率(関税撤廃率)は70%台と低く,インドは高い自由化率に極めて消極的だった。インドが懸念しているのは中国からの輸入がRCEPにより増加することである。中国はインドの最大の輸入先で2017年の輸入は720億ドルに達するが,対中輸出は127億ドルに過ぎず,貿易赤字は593億ドルに達する。

 そのため,RCEP交渉においてインドは2015年にASEANには80%,日本と韓国には65%,2国間FTAのない中国,豪州,NZには42.5%という自由化率という前代未聞の提案を行い拒絶されている(注2)。今回の交渉では各国はインドに対し92%の自由化率を求め,インドは中国,豪州,NZについては80%の自由化率(6%のマージンあり)を提案したと報じられている(注3)。また,インドは中国,豪州,NZについては,関税撤廃期間を20年とすることを要求し8月の会合で合意している。

 2019年5月に総選挙を予定しているインドはオークランドで開催された24回交渉会合で「年末の成果パッケージ」に反対し,ベトナム,フィリピン,マレーシアが賛同し,孤立を免れたと報じられている(注4)。さらに,インドは首脳宣言で実質合意(substantial conclusion)というワーディングを使用することに反対し,実質的進展(substantial progress)を使用することを主張したとされており,11月に至るRCEP交渉はインドに引っ張られた格好である。

 ルールの分野でも対立は続いている。知的財産(WTOのTRIPS協定を上回る保護を認めるか),電子商取引(電子的手段による情報の自由な移動,サーバーなどのコンピューター関連措置の設置要求の禁止,ソースコードの開示要求の禁止に中国,インドなどは反対している),競争などが争点になっている(注5)。ASEANインドFTAは最も厳格な原産地規則となっているが,原産地規則でインドがどこまで譲歩するのか,どのような累積規則が採用されるのかも注目される。

 14日に開催されたRCEP首脳会合の共同声明では,RCEP交渉が実質的進展をみせ最終段階に進んだことを歓迎し,2019年に現代的で包括的,質が高く,互恵的なRCEPを妥結する決意であると述べている。RCEP合意に向けては,マーケットアクセス分野では2国間FTAのない国の交渉を進めることが課題となっている。インドと中国に加え,日本と中国,日本と韓国の間も2国間FTAはなく交渉が必要である。TPPでは,米国が高いレベルのルールを主張して主に途上国と激しい交渉を繰り広げたが,最終的にはバランスのとれたに「ガラス細工」と称される協定としてまとまった。RECPも高いレベルの関税撤廃に反対するインドはIT技術者の移動の自由を求めているなど各国に攻めと守りの分野がある。こうした利益の均衡に配慮したとりまとめが求められる。

[注]
  • (1)ジェトロによると,インドは中国,豪州,ニュージーランドとFTAを交渉中となっているが内容を見る限り交渉ではなく研究の段階である。
  • (2)インドの自由化率を巡る対応については,石川幸一(2018)「東アジアの経済統合:展開と課題」,アジア政経学会『アジア研究』64巻4号
  • (3)‘Trade Talks: Government study to weigh RCEP impact’, Financial Express 26. November 2018
  • (4)‘India’s refusal to sign mega trade pact this year gains support’ Business Line, 4 November 2018
  • (5)ルール分野の争点については,石川(2018)を参照。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1227.html)

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