世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1178

「米中貿易戦争」における両国の強みと弱みと思惑の違い

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2018.10.15

 「アメリカファースト」を掲げ,二国間交渉を基本に据えたトランプ政権の貿易戦略が活発になっている。アメリカが輸入制限を課す際の根拠となるのは,主に安全保障上の脅威を理由にする通商法232条と,不公正な貿易慣行に対する通商法301条を判断基準にしている。前者を根拠にすでに3月23日に鉄鋼,アルミに追加関税が課されていたが,今度は中国に対して後者を根拠に置いて一連の貿易制限措置が発動された。新聞報道などによると,アメリカは知財侵害を理由に,中国からの輸入品約500億ドル分に25%の追加関税を課することにし,まず第一弾は7月6日に818品目340億ドル分(産業用ロボット,電子部品など),第二弾は8月23日に284品目160億ドル分(半導体や化学素材など),さらにそれらに加えて,第三弾として追加関税10%を9月24日に6031品目2000億ドル分(家具や家電製品など消費財)を発動し,これらの合計額は中国からの輸入額約5000億ドルの半分にあたるものである。当然に中国側の猛反発を受け,中国からは第一弾には545項目340億ドル分(大豆,自動車など),第二弾に対しては同333項目160億ドル分(古紙など)に,それぞれ25%の報復関税を,さらに第三弾には600億ドル分(LNG,木材など)に5〜10%の関税の上乗せをすることを決めた。これは中国のアメリからの輸入額1500億ドルの7割近くにも達する。

 このように,「米中貿易戦争」は激化してきているが,その底流には,一方に長年にわたるアメリカ企業の海外進出に伴う「国内空洞化」による国内企業の競争力の弱体化や雇用の喪失などの負の堆積が,そして他方で「自主創新」技術を旗印にした,中国の巧妙でいて一貫した強国化戦略とがある。詳しくは拙著『米中政治経済論』で述べたが,それぞれの攻守のポイントと思惑はすれ違っていて,交渉はこれまでも順調とはいえなかった。とりわけ当初は圧倒的な経済的,技術的,軍事的優位に立って,中国を国際社会に引き込むことに熱心で,鷹揚であったアメリカが,近年は防御に回ってフラストレーションがたまり,これまでも強行手段を執るべきだという声は間欠的に強まってはいたが,それが一挙に爆発した形となった。これまでの,自由化,伝播と保護,秘匿とを巧みに組み合わせて,それぞれの強みと弱みを認め合いながら,何とか妥協に持ち込むという,相互依存関係の維持に重きを置く戦略から,一挙に保護主義に大きく傾いた。これを仕掛けたトランプ政権側には対外交渉と貿易政策上の稚拙さや硬直性も窺われるが,中国側にもキャッチアップを図るための無神経さや巧妙な術策への過信があったともいいうる。

 事態は長引くきらいが高いが,問題点を二三挙げると,第一にグローバル化に棹さす保護主義の弊害である。一例を挙げれば,中国から60ドルでアメリカに輸出されるダウンジャケットがアメリカで500ドルで売られるからくりは一体何か。しかも中国側の製造(加工,縫製など)からの利益はわずか1〜2%足らずで,利益のほとんどはデザインなどを手がける外資の懐に入ってしまう。しかもその知財収入はタックスヘイブンに置かれた海外子会社に蓄積されていく。両国を股にかけた生産の多国籍化とグローバルスタンダードに依拠した知財支配と低税金支払いのメカニズムは何も変わらない。

 またこうした関税競争は,企業にとってその隘路や抜け道としての迂回路の利用を工夫させることにもなる。それは多国籍企業にとっては世界的なサプライチェーンの再構築にも繫がる。そしてこれらのコスト増を関税分に上乗せした商品価格(中間財でも完成品でも)に反映させたり,あるいは同種の低廉な粗悪品を消費者が代わりに掴まされることにもなりかねない。さらにいえば,残余のNAFTAとの再交渉や,EU,日本などとの交渉にも波及していき,世界中に報復合戦と保護主義の嵐が吹きまくる懸念もある。

 しかもアメリカはこの保護主義路線を軍事と経済を一体化させ,さらに強化しようとしていて,これまでのエクソン・フロリオ条項実施機関としてのCFIUS(対外外国投資委員会)の一層の強化を目論み,それは8月に大統領の署名を得た2018年度国防権限法の中にFIRRMA(外国投資リスク審査現代化法)として含まれている。ここではこれまでの米国事業への外国人支配になる買収・合併に加えて,軍事施設等に近接している不動産の購入・リースや,重要インフラの保有・運営,重要技術の開発,さらに安全保障を脅かしかねない重要情報を保持する企業への外国人の投資も新たな審査対象になるというものである。だが,こうした強行手段の設定はグローバル化されてきている世界のオープンマインドに棹さし,相互に監視と規制を益々強化することにもなりかねない。

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