世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
歴史の後ずさり,露仏同盟?
(関西学院大学国際学部 教授)
2015.11.30
パリでのイスラム系テロリストによる市民大量殺傷事件(11月3日)は,欧州諸国首脳の政治基盤の脆弱さを白日に晒し,そこに付け込むような形で,プーチン大統領主導の対イスラム国“露仏同盟”を現出させ始めた。NATOが前面に出ず,代わりに露仏同盟とは…,歴史の“後ずさり”感すら出て来るではないか。
テロ被害国フランスでは,12月に地方選挙,来年には大統領選挙があり,オーランド大統領のライバルと目されるサルコジ前大統領が,治安不安を理由に,パリでの来るべき地球環境サミット開催の延期や,さらには,当局がリストアップしているイスラム系市民の自宅監禁を主張する。いずれの措置も,民主主義国の現職大統領としては受け入れることが出来ない。其れを承知で,選挙戦でのオーランドの足腰を叩こうという魂胆だろう。
ドイツでも,メルケル首相の立場が難しいものになってきた。シリアからの難民問題で,旧東欧諸国の反対を押し切って,大量の受け入れを公言したものの,このパリでのテロで,メルケルの立場が弱まったことは確実。閣内からも彼女の移民受け入れ政策に批判が出始め,同時に,ポーランドやハンガリーも難民受け入れ拒否に一層傾くようになった。
一方,米国では,オバマ大統領が,歴史に名を残す実績作りに余念がなく,初当選時の選挙公約に反するような,米地上軍のシリア派兵,イラク再派兵などの措置を取る意志など微塵も見せない。オバマ政権が考えている,今後の政策選択肢としては,テログループへの資金供給源を断ち,現行の空爆規模を大きくし,また,シリア国内の反イスラム国勢力への資金や武器供与を増加させ,併せて,中東諸国の対イスラム国敵対姿勢を強固なものにさせるぐらい。
この,既設路線を歩むだけのオバマ大統領の姿勢は,国内世論面での劣勢を,英独米中露の対イスラム国統一戦線構築で挽回しようとのオーランド大統領や,この機にフランスを取り込もうとするプーチン大統領の思惑とも相俟って,次第に色褪せたものになりつつある。また,米国内では,共和・民主を問わず,大統領選候補者たちが,主張を“過激化”させ始めた。彼らの論理は,イスラム国勢力を“囲い込んで阻止する”のではなく,“打倒し破壊する”ことが必要,というもの。
一方,プーチン大統領は,欧米とは異なった,歴史上の理由から,中東介入を試行する。ロシアはそもそも,国内,とりわけコーカサス地方に,イスラム系民族を多数擁し,国境外の出来事が容易に国内問題化する素地があった。そうした外部からの撹乱要因を予め除去するため,ロシアは,古くから“恒常的な膨張病”に侵されていた。現在までに,ロシアから補充されたイスラム国兵士の数は7000名にも上り,仮に,彼らが帰国した場合,ロシアは大いなる治安不安に陥ってしまう。臭い匂いの素は,根源から断ち切るべし。そのためには,シリアのアサド政権をして,テロの根源と対峙させるのが一番。米欧が,アサド政権そのものを認めないという立場を取ったのに,ロシアがそこまで踏み込まない最大の理由の一つは,ロシア国内に,シリア国内と同根の問題を潜在的に抱えているからに他ならない。
プーチン大統領や中国の習国家主席には,対欧州アプローチについて共通の指向が認められる。其れは,EUやNATOといった統一体を相手とせず,構成国それぞれを一本釣して行くやり方。中国のアジア・インフラ銀行設立への欧米諸国切り崩しなどに,そうした典型例をみることが出来るのだが,今回のフランスとの共同歩調に向けたロシアの動きにも,敢えてNATOの枠組みを避け,先ずはフランスを先頭に立て,そのフランスをして英国やドイツを説得させる,プーチン流の思惑が見え隠れしている。
そんな中,トルコ戦闘機によるロシア爆撃機撃墜事件が発生した。EU諸国にとって,さらなるシリア難民流入の抑制にトルコの協力が不可欠。そのトルコは,これまで強気の交渉姿勢で,難民流入規制強化と引き換えに,EU加盟交渉の本格化と難民処遇コストのEU負担(2年間で30億ユーロ)を求めていた。
ところが,この撃墜で,トルコとロシアの関係が緊張化,トルコはNATOへの案件持ち込みに踏み切る。これでトルコの強気も削ぎ落されようが,逆に,NATOへの関与を避けてきたロシアの思惑も功を奏さなくなってしまった。かくして,テロによる混乱で団結を欠いた欧州に適格な指導力を発揮出来ず,且つ,「次は米国だ」と名指しされ神経をピリピリさせ,それらが故に,ロシアに主導権を奪われていた米国が,アサド政権温存の可否を巡って,フランスの対露接近の動きに牽制を掛ける,そんな局面が漸くこれから展開され始めるだろう。対イスラム国報復を巡って,どのような条件でなら,欧米とロシアが統一戦線を組めるか,本当の交渉はこれから始まるはずなのだ。
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