世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
イノベーションの陥穽
(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)
2018.03.19
WEB評論のiRONNAに,最後の偉大な技術的発見は1950年代のトランジスタやDNAであると論評されていた(武田邦彦,2018/2/25 07:03)。そう言われると,現代のITは前世紀前半に確立されたノイマン型であり,人並のAIを創出できる仕様になっていない。以外にも現代の工業技術や金融工学が依拠しているITの根幹が古典技術に依存しており,日々提唱されるイノベーションというフレーズの繰り返しは技術の背景を無視した「お祈り」と感じてしまう。
視点を変えてみよう。歴史的イノベーションはヒッタイトの鋼生産技術が最高にして最大である。だからこそ,技術的には3000年以上「鉄器時代」であり「鉄は国家なり」は変わらず,トランプ政権も鉄鋼の輸入制限を検討するのである。今も昔も鋼は圧倒的に重用な戦略資材であり続けている。また,農業生産力を劇的に変化させて社会構造の変化をもたらした。古代ローマ帝国のセメントも重用な発明であるが,鋼の次の大発明は中世欧州の魔術と錬金術(以下,総称して魔術),ここから現代の化学が生まれてくる。特に18〜19世紀の化学の進歩は,肥料,火薬の大量生産など社会のあり方と産業経済を根底から覆して,現代に至るまで大きな影響を与え続けている。
民族の興亡や社会の転換はこの2つの発明の伝搬,製品輸出,あるいは技術奪取の歴史と言ってもよい。鉄器は侵略によって存在が知れ渡った。魔術は反教会的として取締りが行われたので,逆説的に情報が教会とその周辺に集約されていった。鉄と化学は情報と物流の拠点付近で発明されたため情報伝播が促されて広がっていった。我が国でも近代製鉄技術をいち早く導入した島津藩が明治維新の立役者であったことはご存知のとおりである。今日のITに限らず情報の素早い獲得は社会基盤や歴史に大きな影響を与える。
現代は,情報も物流も世界規模で繋がって,それが我々の常識になっている。ところがイノベーションの話になると固定点の議論になり,情報と物流を組み合わせた視点は出てこない。我が国がITで連戦連敗なのは英語基準と日本語基準の情報市場規模の問題である。そのためゲームも英語ベースにすると勝てる商品になっている。IoTはモノとネットを繋ぐとドイツが提唱してきた方法であるが,モノの情報を電子化することは「物質伝送器」でもない限り不可能なのでカンバン方式を電子化する以上にはならないだろう。しかしドイツの優れているところは,新規でないものを国際貢献する優れたイノベーションとして触れ回るずる賢さである。この手法は,真面目にリソースを投入するより安価である。ただし,ドイツ方式を闇雲に信奉すると,ディーゼルや再生エネの様に欧州主要都市の肺疾患は増えて電力供給網が危機に瀕することになる(東京電力管内はこの冬,再生エネルギーの影響で大停電瀬戸際であった)。あるいは,GEのように屋台骨を揺るがすことになるので注意しなければならない。
今のところ,技術立国であることを我が国は世界に誇れるが宣伝および営業力は低い。古い表現なら撹乱と諜報である。この70年間は人任せで,革新的人々が諜報撹乱は悪と決めつけたために邪悪なものというイメージが形成されてしまった。しかし,古来,忍者の重用な役割は軽業ではなく諜報撹乱であった。技術開発でも諜報撹乱は重用な要素であり,技術の流出によって我が国は周辺国から苦渋を舐めさせられている。他国としっかり競争していくためには,製品開発と同等かそれ以上に宣伝営業(諜報撹乱および防諜)活動が重用でありリソースを投入しなければいけない。特に新技術新製品は,市場認知で初めて有用な製品,イノベーションになるのであって市場で無視されたらイノベーションではない。情報漏えいで「ナンチャッテ」品が先に市場に出てしまって二番煎じでは話にならない。多くの企業と技術者が科学技術の崇高性を昂じるあまり営業活動や諜報撹乱を下賤なモノとみなし結果的に市場で負けている。すなわち,技術だけに傾倒するイノベーションの陥穽にハマっている。この辺で考え方を変えてみようではないか。
情報統制と宣伝工作を行い,製品の機能とロジスティック力が如実に反映される戦争は最も有効なイノベーションの場である。従って,世の中が平和であることはイノベーションにとって最悪の状態であり,成功は万に一つもないかもしれない。そうかと言って,社会の混乱は困るのだが。
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