世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.797

新たな荒野に突入した世界

市川 周

(白馬会議運営委員会 事務局代表)

2017.02.13

 リーマンショックの2008年,「西のダボス,東の白馬」の遠大な志を持って始めた白馬会議(会場・長野県白馬村)の9回目が,「まさかのアメリカ大統領」の登場が決まって2週間ほど後の昨年11月下旬に開催された。今回のテーマは「アジアの中の日本―その役割と可能性を問う!」であったが,トランプ大統領の「アメリカファースト」が白馬の討議会場になんともいえぬ緊張感を醸し出していた。

 敗戦後から今日までアメリカの強大さと寛容さに抱かれ,「アジアの中の日本」をある意味,気ままにそして一種,「お山の大将」の如き居心地の良さをもって過ごしてきた日本にとって「アメリカファースト」は突然浴びせられた冷水であった。「同盟国日本よ,お前の目でしっかりアジアの中の自分を見つめ直してみろ」という声が聞こえて来る。

 この問いかけに対して,外務省の国策シンクタンク日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲男氏は,安倍外交の本質が人権・民主主義重視のアメリカ価値観外交に依存した国益重視の現実主義外交であったとし,この日本外交一流の融通無碍さがトランプ大統領の登場で限界に来ていると指摘した。一方,文化人類学という独特の視座からアメリカ分析をして来た慶応義塾大学教授の渡辺靖氏は,アメリカにとって日本が「民主主義で,経済・技術大国で,しかも人口がまだ1億人いる地政学的にも非常に重要な場所」であることを再認識すべきだともいう。但し,ここまで積み上げて来た戦後の日米関係をトランプ大統領がそのまま継承するとは思えない。アメリカのパートナーとしての日本の有用性が問われている。

 そこで直視せざるを得ないのが「アジアの中の中国」の存在だ。今回のテーマ「アジアの中の日本」の副題に「その役割と可能性を問う!」をつけた背景には,アジアにおける中国の役割と可能性の今後の増大に対して,日本が押しやられて行くのではないかという正直,おののきと不安があった。

 この問題を日本人だけで話し合っていても始まらない。中国人の本音と向き合ってみようと,日本在住の中国人学者,福井県立大学教授の唱新氏にも白馬に来て頂いた。彼は吉林省長春の出身で,ある種大陸的なおもむきを感じさせる人物。日中経済関係を客観的データを駆使して丁寧に分析することでは定評のある研究者だ。その彼が今回の討議では,今までアジアを牛耳ってきたワシントンコンセンサスに代わるアジアコンセンサスを「アジア第1位の中国と第2位の日本」が手を組んで形成すべしと,あたかも「既定路線」の如く提案していた。プロパガンダの時代が過ぎ去り,現実の力学が左右する現下の日中関係を思い知らされる一幕であった。その一方で,同じく日本在住のベトナム人学者である早稲田大学教授トラン・ヴァン・トウ氏は「東南アジアの立場から見ると,日本にもっと中国を牽制してもらいたい」と本音を吐露,ASEANパワーとの対中共闘を喚起させてくれた。

 そのトラン氏の日本期待論は真剣だ。日本は成熟国家であり少子高齢化問題を始めとして確かに「課題先進国」だが,1%にも満たない現在の潜在成長率を回復させなければ,日本モデルは没落モデルになってしまうと叱咤する。トラン氏の問題意識は会議の総括をされた政策研究大学院大学理事の小島明氏にも全く重なる。91年のバブル崩壊後,十数回にわたってとられた経済政策は,包括的とか,緊急とか,総合的とかもっともらしい枕言葉がついたが,どれもこれも構造改革とは言えず循環的な需要刺激策でしかなかった。「変わったつもりの日本」は実はリスク回避に明け暮れ,後ずさりを続けていただけではないかと手厳しい。

 小島明氏と共に常連参加者の武者リサーチ代表・武者陵司氏はトランプ大統領の登場を,本音主義と力への信奉を拠りどころとするカーボーイキャピタリズムが牽引する新たな保守主義革命の始まりと見る。このマグマがアメリカの対外赤字の5割を占める中国と激突すれば,かつての日米貿易摩擦をしのぐ米中経済戦争の近未来図が浮かび上がる。小谷氏の指摘の通りアメリカの価値観外交がむき出しの現実主義外交に転ずればアジア安全保障も絡めて,この経済戦争は一段とキナ臭くなるであろう。

 世界現代史は間違いなく新たな荒野に突入した。アジアにおける,世界における日本の立ち位置が容赦なく問いつめられた9回目の白馬会議であった。

 討議記録は白馬会議ホームページにて閲覧できます。

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