世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.701
世界経済評論IMPACT No.701

破壊的イノベーションの実践

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2016.08.29

 最近,友人の会社がオーガナイズする中小企業グループが,5つの新製品技術を発表した。製品詳細は当該WEB Home Page をご覧頂きたい。この中で,直近の市場にインパクトを与えるCFGP®は,炭素繊維の加工工程の大幅な簡素化/低価格の実現,成形加工自由度,炭素繊維の能力を向上させるというトンデモ発明である。数時間から数日かかる加工時間がたった60秒,費用は炭素繊維コストに金属プレス加工料程度のプラスアルファ,プレス機を保有すれば新規設備投資不必要ということもさることながら,仕上がりは炭素繊維の柔軟性を維持してハンマーで叩いても割れない,金属プレス技術で鋼板並の3次元成形が可能という炭素繊維ユーザーが求めていたものを一気に実現してしまった。6月に名古屋地区で開催された自動車部品関係の展示会でも好評であったと聞いている。

 まさに破壊的イノベーションなのだが,日本経済の将来を占う一例と考えられるので,関西学院大学玉田俊平太教授の授業(日経ビジネス,電子版(2015-6))の知恵を借りて分析してみた。

 産官学協力,異業種交流というニュースは,連日,枚挙に暇がないが成功率は極めて低い。他方,ITはイスラエルやシリコンバレー発のベンチャー各社の成功によりアイデアの一発勝負というイメージがある。我国の中小企業は,日本的な系列の中で伝統的なサプライ・チェーンに組み込まれて日本の産業を支える存在であるが状況は厳しい。この中で,今のままでは将来が見えないというのが漠然とした不安となって日本を覆っている。当然,このCFGPを開発した会社も生き残るために「次の一手」を模索し,異業種中小企業の協業により開発の成功に至っている。今までの下請け的ポジション,即ち,受動的ビジネス開拓ではなく,バリュー・チェーンの中で自社の立ち位置および技術力を再評価することで協業の芽を育んだ。CFGPの技術は,各社が持っている得意技術を組み合わせることによって成り立っている。中小企業ゆえに大企業のようなリソースは全く無いので,下請け枠外で利益を生み出すために,組み合わせた技術をバリュー・チェーンの何処に位置させるかを定めている。炭素繊維と言うと日本特有の高度技術による高機能高品質に偏りがちであるが,CFGPの場合,無市場(無バリュー・チェーン),無消費の部分に焦点をあてているので今後の発展が期待される。ただ,やり方が分かってしまうと猫も杓子もマネをするので頭の痛いことでもある。

 この事例から判ることは次のとおりである。第一に,現在の中小企業支援のあり方が根本的に間違っているのではないかという疑問である。確かに中小企業は技術を保有しているが,下請けから枠外へ出た場合,バリュー・チェーンの中での立ち位置が定まらなければ,その技術は「伝統工芸」的になり極めて小さい市場でしか生かされない。もちろん,資金援助や指導は必要だが出口に拘るあまり,結局,下請けの中のサプライ・チェーン内での技術改良にとどまる。さもなければ,超ニッチで生き残るしかなくなる。嵩じて,必要以上の品質で勝負をかける場合が多くなり,生産者と顧客のニーズ・ギャップの中で過去の失敗事例を辿ることになる。CFGPは上田埼玉県知事の旗振りで始まったプロジェクトの中で,普通では出会わない業種の企業に破壊的イノベーションの機会を与えたことにも特徴がある。第二に,経済専門家の言うトリクルダウン理論は,政治的な議論は別として,バリュー・チェーン的発想がほとんど議論されていないという問題点がある。トリクルダウンは,結局,現状の下請け・系列構造を維持した産業構造を前提とした議論に終始してしまうので,大企業が破壊的イノベーションを起こさないかぎり日本経済に未来は開けないことに気が付かなければならない。現状を見る限り,少数の例外を除き大企業に破壊的イノベーションを求めることは,玉田教授の指摘のように無理筋であろう。

 世界経済評論の錚々たる方々を相手に技術屋の小生がこのような議論をするのは気がひけるのだが,上述,事実として気がついたので報告する次第である。経済学的に研究対象としていただければ幸いである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article701.html)

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