世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.687

中国をWTO協定上の「市場経済国」と認定すべきか

馬田啓一

(杏林大学名誉教授,国際貿易投資研究所理事)

2016.08.08

 欧米によって中国の鉄鋼に対する対抗措置を強める動きが出ているなか,中国をWTO協定上の「市場経済国(MES)」と認定すべきか否かという問題が浮上している。中国は2001年にWTOに加盟した際の議定書で,当初15年間はダンピング調査などで不利な条件を課される非市場経済国として扱われることを受け入れたが,その規定が今年12月に失効する。中国は12月以降に自動的にMESに移行すると主張しているが,日米とEUは認定の可否をそれぞれ判断するとしている。

■認定問題の本質

 通常,外国からの輸入製品について,輸出国の国内価格を輸出価格と比較し,後者の方が低い場合には,ダンピング(不当廉売)が行われたとされ,その差額をダンピング・マージンとし,それを上限とするアンチダンピング(AD)税を発動することになる。しかし,中国に対するAD税の手続きは特殊である。

 WTO協定において中国は非市場経済国とされているため,ダンピング・マージンの算定に当たり中国の国内価格は比較可能な価格とみなされず,「代替国の国内価格」が恣意的に適用される。このため,中国に対するAD税については,ダンピング・マージンが高目に設定されている。したがって,WTO協定で中国がMESと認定されれば,AD税の手続きにおいて中国に対する不利な扱いを続けることは許されなくなる。

 「国家資本主義」とか「赤い資本主義」と揶揄される中国経済だが,国有企業を通じて政府による恣意的な市場経済への介入が行われている中国を,MESと呼べるのか。また,国有企業による鉄鋼製品のダンピングが疑われているのに,市場経済が健全に機能しているといえるのか。そうした問題点を含めて,市場経済を歪めるような実態が中国に存在するのかしないのか,欧米を中心に議論が活発化している。

 今年2月,米議会の諮問機関である米中経済・安全保障再検討委員会の公聴会で,中国のMES認定の是非が議論され,認定に対して否定的な見解が示された。また,7月には米通商代表部(USTR)が中国に対し,MESとして認定されるための改革が全く不十分だと通告している。

 欧州議会も今年5月,中国はMESとして認める条件を満たしておらず,厳しいAD税がなお必要だとの決議を圧倒的多数で採択した。この決議を受けて,当初は認定に柔軟な姿勢を見せていた欧州委員会も7月,中国をMES認定しない基本方針を決めた。

 このように欧米では政界や鉄鋼業界を中心にMES認定に反対する声が強まっているが,その背景には,鉄鋼製品などをめぐる中国の過剰生産の問題がある。世界の「鉄冷え」の元凶とされる中国をMESと認定すれば,AD税を発動しにくくなる。中国の鉄鋼製品のダンピングに対する抑止力がなくなり,雇用に悪影響が及ぶと警戒しているからだ。

■認定問題の落としどころ

 しかし,中国をMESと認めなければ,中国からWTO協定違反だと訴えられる可能性もある。中国は盛んにWTO提訴をちらつかせ米欧を牽制している。

 このMES認定の問題の落としどころはどこなのか。中国が鉄鋼等の過剰生産能力に対する構造改革を押し進めることを条件に,中国をMESと認定するのか。さらに,中国をMESと認定する一方で,中国を念頭にダンピング対策の強化を別途図るのか。

 中国のMES認定問題に対しては,WTO事務局が認定するか否かを判断するのではない。判断はWTO加盟国に委ねられている。したがって,日米欧がバラバラに対応するのではなく,足並みを揃え一枚岩となる必要があろう。G7伊勢志摩サミットではこの問題について緊密に連携していく方針で一致した。

 今年4月,OECDはブリュッセルで,中国なども加わって鉄鋼等の過剰生産問題ついて初めて閣僚級の会合を行った。しかし,過剰な生産能力の解消策や政府支援のルールづくり,生産能力の増強を牽制する監視機関の設置などの具体策については中国の反発が強く,最終合意に至らず,9月に再協議することになった。中国が過剰生産能力を抱える国有企業の改革を含め,過剰生産問題にどこまで踏み込むのか,OECDでの再協議の成否が認定問題の解決のカギを握っている。

  • (注)鉄鋼の過剰生産問題と中国包囲網については,拙稿「世界の鉄冷えの元凶は中国」『世界経済評論IMPACT』No.674(2016.07.19)を参照されたい。

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