世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3753
世界経済評論IMPACT No.3753

貿易戦争の嵐の中でASEANは何を切り札にするのか

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)

2025.03.10

世界経済を翻弄する「トランプ2.0」

 2025年1月,トランプ大統領が再びホワイトハウスに戻ってきた。1期目と同様に「アメリカ第一主義」を掲げ,「MAGA(米国を再び偉大に)」を目指す彼は,就任直後から「関税男(タリフマン)」としての姿勢を鮮明にし,立て続けに関税政策を発動した。

 まず,2月1日にはカナダとメキシコからの輸入品に対し25%の関税を課す大統領令に署名。同日,中国に対しても10%の追加関税を決定。さらに2月27日には,同盟国であるはずの欧州連合(EU)に対しても25%の関税を課す方針を発表した。品目別では,2月10日に全ての鉄鋼・アルミ製品の輸入に25%の関税を課し,3月12日から施行予定としている。今後も次々と発動していくことは間違いない。

 これらの政策は,貿易不均衡の是正や国家安全保障の強化を目的とするが,経済学者たちは米国自身のインフレ加速を招く可能性を指摘。それにもかかわらず,トランプ政権は躊躇なく関税戦争へと突き進んでいる。

次なる標的はASEANか?

 現在,ASEAN加盟国にはまだ個別の関税措置は発動されていないが,ターゲットになるのは時間の問題だ。2024年の米国の国別貿易赤字額を見ると,中国(▲2954億ドル),メキシコに次いで,ベトナムが第3位(▲1235億ドル),タイが第11位(▲456億ドル)に入る。ASEAN全体では▲2305億ドルと,中国に次ぐ規模の赤字国グループとなっており,トランプ政権が放っておくとは考えにくい。

 従来,米国は貿易赤字国を「為替操作国」と認定し,制裁を科すことがあった。米財務省は「為替操作国」の認定基準として,以下の3つを挙げている。

  • ・対米貿易黒字が年200億ドル以上
  • ・経常黒字がGDPの3%以上
  • ・持続的かつ一方的な外国為替市場への介入

 このうち2つを満たした国は「監視対象国」となり,3つすべてを満たせば「為替操作国」として認定される。認定された場合,監視や制裁の対象となり,関税引き上げや金融制裁が科される可能性がある。

 しかし,トランプ政権は「為替操作国」の認定プロセスを経ることなく,直接的に貿易赤字国に関税を課す姿勢を示している。つまり,ASEAN諸国は「いつ関税攻勢の矛先が向けられてもおかしくない」状況にあるのだ。

交渉の鍵は「カード」の有無

 トランプの外交スタイルは,常に「取引(ディール)」である。相手国が交渉のテーブルにつく際,どのようなカードを持っているかが極めて重要だ。最近の例として,2月28日の米ウクライナ首脳会談では,トランプ大統領がゼレンスキー大統領に対し,「あなたは今,非常に不利な立場にいる。あなたには(使える)カードがない。我々にはカードがある」と発言したことが報じられている。

 米国との交渉に臨む際には,少なくとも自国が切れるカードを正確に把握し,いかにして交渉材料として活用するかを考える必要がある。

タイの切り札「タイ米国友好経済関係条約」

 ASEANの中で,タイは一つ強力なカードを持っている。それが,1966年に締結された「タイ米国友好経済関係条約」だ。本条約は,タイが米国に対してのみ投資上の内国民待遇を与えるもので,米国企業は一部業種を除き,外資参入規制業種でも外資マジョリティでの参入が可能となる。

 本来,タイは1995年に世界貿易機関(WTO)に加盟した際,最恵国待遇条項の適用免除を10年間と約束した。しかし,この条約は未だに廃止されておらず,現在も米国企業にのみ特別な優遇措置が与えられている。

 冷戦時代,米国はタイを東南アジアにおける重要な戦略的パートナーと位置付け,経済協力を強化した。ベトナム戦争では,米軍基地の提供や補給拠点としての役割を果たし,その見返りとして本条約が締結された経緯がある。

 しかし,その後のタイの外資政策は「選別的導入」へと転換し,1972年に施行された外国人事業法(旧外国人事業法)により,外資参入が厳しく制限された。2000年の改正外国人事業法で一部規制が緩和されたものの,非製造業を中心に依然として厳しい制限が続いている。

タイの戦略は「盾」か「切り札」か

 米国がこの条約の維持を望むのであれば,タイはWTO上の例外措置としてFTA(自由貿易協定)に同内容を組み込む提案を行うことも可能だ。トランプ政権はFTAには消極的な姿勢を見せるが,もしこの逆提案が奏功し,FTA交渉へと発展すれば,タイへの投資誘致能力は飛躍的に向上する。

 タイはこの「カード」を関税回避の盾として使うのか,それともFTA交渉の切り札として切り込むのか。いずれにせよ,ASEAN各国は米国との交渉に向けた明確な戦略を持つことが不可欠である。今こそ,自国が持つ「カード」を見極め,世界の関税戦争の波を乗り越える時だ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3753.html)

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