世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3481
世界経済評論IMPACT No.3481

なぜ富士康は中国生産から撤退するのか:生成AI機能搭載,生産拠点の移転

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.07.08

富士康が中国から撤退?

 中国上海在住の経済学者である郎咸平教授は,5月22日に微博網(Weibo.com)のミニブログで,「最近の税関データによると,2023年1~3月期の河南省からのスマートフォンの輸出台数は1,688万台であったのに対し,2024年の同期は664万台と急減した」と指摘した。「アップルは世界最大スマートフォンOEM生産の富士康(フォックスコン,鴻海(ホンハイ)の中国法人)に対し,生産ラインの移転を要請している」。このことは「富士康とサプライチェーンで繋がる企業への影響,また,産業の再配置に直面する地域経済への影響を分析する必要がある」としている。また「米国の(“自動車の街”と呼ばれた)デトロイトは,自動車産業単一に依存し過ぎていたため,自動車産業がひとたび傾くと,都市の経済が危機に直面した」と述べ,警戒感を露わにした。

 富士康鄭州のスマートフォンの約3分の2の輸出量が無くなったことは,同社工場で働く3分の2の労働者が消えることを意味する。労働者の減少が,この都市に与える影響は極めて大きい。それ以前の鄭州は非常に賑わう都市であり,人口が集まり住宅難に見舞われるほどであったが,現在では閑散とした街に変化した。

 仮に富士康鄭州の労働者数を30万人と仮定すると(最盛期には約30万人が雇用されている),3分の2の20万人の労働者が消失する計算になる。20万人の消失は,地域のサービス業の多くの雇用にも影響を与える。郎咸平教授は「富士康が撤退した後,河南省は“デトロイトの轍を踏む”かも知れない」と語った。

 富士康では単に鄭州だけでなく,山東省の煙台工場,広西省の南寧工場,山西省の太原工場などでも雇用調整を行っており,町の衰微化に影響を与えている。2012年当時,煙台工場の人員募集時には“2年間に3回の昇給”を売り文句に掲げ,多くの求職者が長い列を作った。新型コロナの蔓延時も工場は閉鎖せず雇用を維持したが,今では人員募集はおろか,周辺の商店街を歩く人影も少なくなった。工場労働者のみならず,商店街の活力や働く人々も消失しつつある。

 この結果,「富士康科技集団南寧科技園」(俗称・南寧工場)のある南寧沙井片区には,“爛尾楼(ランウェイロウ)”が出現した。爛尾楼の「爛」は「腐る」,「尾」は「おしまい」,「楼」は「マンション」である。「建設工事が1年以上にわたって停止したままのマンション」を指す言葉だ。本来,南寧工場などの従業の住居を見込んで建築が始まったが,居住する人がなく,爛尾楼の現象が出現した。

 富士康鄭州工場はアップルのiPhoneの組立工場として知られるが,何故中国から撤退するのか。その理由として,中国の人件費の高騰,ゼロコロナ政策による打撃,安全保障面での問題など,中国で操業するメリットがなくなったこと,また,米国の対中制裁は短期的に終わる見込みがなく,アップルも米国政府も多くの生産能力を中国に配置することが,地政学的に不適切と考えるようになったことが挙げられる。今はまだ論じられていないが,次に登場するアップルの製品に生成AI(人工知能)機能の搭載が見込まれることも,中国での生産を縮小させる要因になったと考えられる。

生成AIのiPhone搭載による異変

 以下ではアップル製品の製品名(製造年),それぞれの①最初のOEM企業,②現在のOEM企業,③アップルの該当製品サプライチェーンTop200部品の中国企業数を示している。(企業名に(中)と付しているのが中国系企業)。

  • (1)iPhone(2007年)
  •  ①鴻海,②鴻海,和碩聯合科技(ペガトロン),立訊精密工業(ラックスシェア,以下,立訊,(中)),タタ・グループ(インド),③5社以上。
  • (2)iPod(2010年)
  •  ①鴻海,②比亜迪(BYD,(中)),鴻海,③7社以上。
  • (3)Apple Watch(2015年)
  •  ①広達電脳(クアンタ),②立訊(中),鴻海,仁寶電腦工業(コンパル・エレクトロニクス),③13社。
  • (4)Air Pods(2016年)
  •  ①英業達(インベンテック),②立訊(中),歌爾声学(ゲルテック,(中)),③17社。
  • (5)Vision Pro(2024年)
  •  ①立訊(中),②立訊(中),③48社。

 アップルのティム・クックCEOが「お月さんが欲しい」と言うと,台湾企業は様々の方策を考えて希望を叶えるよう努力してきた。それ故,(1)~(4)では,アップルの製品の製造を担当したのは台湾企業であった。しかし,現在ではこれらの製品の多くは中国企業によって製造されている。

 iPhoneの売上高の約20%は中国市場から生まれている。クックCEOは,低コストでの製造と旺盛な需要を満たす目的で,意図的に中国のOEM企業群である「赤いサプライチェーン」を育成し,絶えずコストダウンを行ってきた。その結果,台湾企業がサプライチェーンから排除されるようになった。

 今年秋から発売される新型iPhoneには生成AIのChat GPTの機能が搭載されるため,米国政府は中国での製造と販売を規制した。当然,「赤いサプライチェーン」による製造もできなくなり,台湾企業は中国市場から撤退するようになった。そもそもChat GPTの機能搭載のiPhoneは中国では使用できないだろう。仮に使えたとしてもChat GPTの示す反応に,中国の指導者は満足できるのか。当然,満足できないだろう。要するに,米国政府は生成AI搭載のiPhoneを対中輸出規制の対象とし,中国で販売させず,中国政府も国内で(回答が満足できないため)販売させない。

 アップル製品の中国における市場シェアは約20%だ。もしアップルが中国での市場シェア約20%を維持したいならば,中国適応のハードとソフトの「iOS中国バージョン」を開発するか,あるいは,中国企業が開発する「iOS中国バージョン」を採用する必要があるだろう。

 米中ハイテク戦争と生成AIの進歩で,アップルのクックCEOは新たな選択を強いられた。拡張現実(AR)と仮想現実(VR)に対応したゴーグルタイプのMRデバイスであるApple Vision Pro(アップル ビジョンプロ)は,前述の中国企業である立訊1社の独占製造である。しかし,アップルは6月14日午前10時からApple Vision Proの予約注文の受付を始める際,今後,AIプラットフォームであるApple Intelligence(アップルインテリジェンス)が全ての製品に搭載されることになるため,新しいApple Vision ProのOEM企業を鴻海にすると発表した。立訊1社の独占製造は,1年を経ずして鴻海にとって代わられた。

 過去において台湾企業を代替した「赤いサプライチェーン」は,米中ハイテク戦争と生成AIの進化により,現在では逆に台湾企業が「赤いサプライチェーン」を代替するようになる。また,生産拠点もベトナムやインドにシフトするようになった。アップルの経営戦略も大きく変化するようになり,中国にとっては悪夢の到来と言えそうだ。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3481.html)

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