世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
推し活エコノミー序説
(常磐大学 教授)
2024.03.04
筆者は,2010年代以降,鞄やスマホに自分の好きなアイドルやキャラクターのキーホルダーやシールを付けている若者が増えてきているという認識はあったが,それが「推し活」と呼ばれている現象の一側面であることを理解したのは数年前のことである。
声優,YouTuber,アニメ,ゲーム,スポーツ選手等,「推し」の対象は多様化しており,推し活の市場規模は2021年「コンテンツファン消費行動調査」によると,日本では約1171億円に上り,「R&Cマガジン」の2023年の調査によると,日本の20代から50代で推し活を行っている人の推し活に使う月平均額は約1万7000円であるという。
本稿では,ビジネス(ここでは広く,経済=エコノミーと捉える)活動の中で,今後さらに大きくかつ重要となるであろう推し活を企業としてどのように取り組むことができるかについて,推し活を概念的に捉えた上で初歩的な説明を行ってみたい。
推し活の「推し」とは好きな対象のことであり,「活」とは対象への応援行動であり能動的な活動のことである。そこで,2つの軸,具体的には縦軸を行動量(上に行けば増加),横軸を好感度(右に行けば増加)と設定すれば,推し活とは,行動量が高く,好感度が高い状態といえる(同様の見解として,瀬町奈々美『推し活経済』リチェンジ,2023年が挙げられる)。
認知科学の分野では,応援するという行動は,対象の行動を自分の行動と一体的に捉え,対象の成功は自分にとっても報酬となり快感をもたらし,また応援行動をすると,その対象を好きでなくても好きになり,そして快感を得られたり,好きになればさらなる応援行動につながるといわれている(久保(川合)南海子『「推し」の科学』集英社新書,2022年)。
これらのことを踏まえて,ビジネス活動に対する含意として,次の2点を指摘できる。
第1に,対象と自分との一体感を味わうことができれば,大きな快感を生み,さらに応援することにつながるため,一体感の醸成の工夫が重要となる。そもそも推し活は,ICT(情報通信技術)の進展,この場合SNSにより双方向のコミュニケーションが容易にとれるようになったことが興隆の背景にあり,SNSを活用した対象と自分あるいは自分たち(推し活を行う仲間たち・コミュニティ)による共創(共同作業)等がそれに当たる。アイドルグループJO1のファンが費用を負担し,誕生日のメンバーの広告を作り(素材は所属事務所LAPONEエンタテインメントが提供),SNSを通して楽しむ(メンバー本人がSNSを通じて感謝の言葉を贈ることもある)応援広告が,その例である。
第2に,まずは応援行動をしてもらい,対象のことを好きになってもらうことが肝要である。好きになればさらなる応援行動につながる。応援を経験することが推し活の入口となるのだ。2022年に森永製菓のチョコレートDARS(ダース)とスマホゲームあんさんぶるスターズ‼に登場するアイドルユニットfineとのコラボレーションは,その例である。多くのユーザーを持つ,あんさんぶるスターズ‼に着目し,若者にDARSに興味を持ってもらうため,fineが応援してくれたファンに感謝を伝えるステージを行うWeb動画公開やSNS(Twitter)のフォロー&リツイートキャンペーンやプレゼントキャンペーンを実施した。
推し活には関係性構築の側面がある。企業が行う顧客との長期的な関係性構築を目指す顧客関係管理(CRM)は,忠誠度(購買額)と満足度という軸による顧客分類とその変容施策を説明するが,これはどちらかといえば顧客を受動的な存在として捉えたものであり,推し活を捉えきれない。企業は自社製品・サービスを推し(活)の対象となりえるよう顧客を能動的な存在とする発想の転換が必要になっているといえよう。
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