世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
いまこそ古代ギリシア哲学者に学べ
(岐阜聖徳学園大学 教授)
2023.06.12
世界の政治経済に影響を及ぼしてきた基本思想をみると,古代ギリシア哲学者のプラトンとアリストテレスまで遡ることが多いようだ。同僚の哲学教授によれば,歴代の哲学者はプラトン派かアリストテレス派かに分かれるらしい。
まずは三権分立を提唱したことで知られるモンテスキュー。『法の精神』(1748)の随所でプラトンとアリストテレスの哲学に言及している。いずれかといえばアリストテレス派だ。とくに「中庸」の美徳を主張する。たとえば経済に関連するところで「商業が資産を大きくするにつれて・・・富める公民には財産の維持あるいは獲得のために自分で働くことが必要なほどの中庸を得させねばならない」と述べる。つまり富裕になるのも,ほどほどの豊かさが望ましいということだ。貨幣の本質についてはこう述べている。「貨幣の効能は,自然が設けた限界を越えて人間の福徳を大きくし,無益に蓄積したものを無益に保存することを教え,欲望を無限に増大させ,そして,われわれの情念を刺激する極めて限られた手段を与えた自然にとって代わり,われわれを互いに腐敗させてしまうことにある」。これはプラトンの『国家』の財産共有制のコンテクストで論じられている箇所である。
アリストテレスは『ニコマコス倫理学』において,過剰と不足は悪徳であり,中庸は美徳であると措定した。まさしく浪費と吝嗇は悪徳であり,ほどほどの消費が望ましいだろう。もとよりかれらの教えは,現代に通じる。
現在日本経済は株高で盛り上がっているようだが,そうした現象は人びとの欲望を刺激するであろう。少しでも金儲けしたいという心理が働く。それがバブル現象かどうかはさておき,そこはクールに考えなければならない。
近代史に目を転じると,1930年代の大恐慌のとき,当時のイギリスとアメリカにとって政治経済面できわめて難局だったことが推察される。連合国側にとっては,まさしく前門の虎(スターリン)と後門の狼(ヒットラー)という状況――当時において左右の権威主義体制を具現していた――にあって,敵対国はどのような政治経済体制で対応すべきかが問われていた。歴史にその名を刻んだ人物たちの思想的立場を比較してみよう。まずハイエクの立場がある。いずれの権威主義にも嫌悪感を示し,徹底した自由主義に基づく市場原理を称揚した。それに対してカール・ポランニーは市場原理を毛嫌い,国家主導主義を説いた。最後にケインズは周知のように,修正資本主義のスタンスをとった。ケインズの立場を言い換えるならば,純粋資本主義の市場原理主義にせよ徹底した国家主導主義にせよ行き過ぎは誤りであるとし,その中間的立場――つまり中庸の美徳――をとったのだった。その神髄はケインズの主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936)において提示された。この著作は政策論として提示されたが,それが拠って立つ思想的基礎は「中庸の美徳」にある。それはまたケインズが育ったケンブリッジの哲学的基盤でもあった。ケンブリッジは伝統的に,ソクラテスの「真理の追求」を,プラトンの「気概(気骨)」を,およびアリストテレスの「中庸」を精神的バックボーンにしていることが知られている。
なお現在の政治経済哲学を論じるフランシス・フクヤマやポール・コリアーも近著[『リベラリズムへの不満』(新潮社)と『強欲資本主義は死んだ』(勁草書房)]において,ギリシア哲学の有用性を訴えている。とくに両者ともアリストテレスの「中庸の美徳」を再確認していることがわかる。この概念はもともと人としての「善き生き方」における中庸的態度を強調したものだったが,社会全体をみて,行き過ぎた消費主義(つまり強欲)は是正すべきであるとし,行き過ぎた個人主義もよくないとする。すなわち経済学の父とされるアダム・スミスの中心思想であるレッセフェール(自由放任主義)の根底にある「利己心」が蔓延しすぎているというのだ。スミスはもともと『道徳感情論』(1759)の中で,「利他心」の美徳を訴えていた。スミスは人はほんらい「共感獲得本能」(承認欲求)を持っているとする。それはアリストテレスが「人は社会的動物である」と述べたことと通じるのであって,人はお互いの思いやりがなければ生きてゆけないというのである。スミスはさらに『国富論』(1776)において「利己心」の重要性を訴えた。つまり現代社会は「利己心」の総和として消費主義があり,さらに言うなら市場原理主義がある。それは「利己心」一辺倒なのである。アリストテレス流の「中庸の美徳」を重視するなら,共同体を背景にもつ「利他心」や承認欲求をもっと大事に考えねばならないであろう。こうした考え方が,フクヤマとコリアーの両者に共通しているように見えるのである。
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