世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2813
世界経済評論IMPACT No.2813

危機のニッポン政治:今,現場で何が起きているのか?

市川 周

(白馬会議運営委員会事務局 代表)

2023.01.16

 我々には投票結果と世論調査の数字しか見えてこないニッポン政治の現場で,今,何が起きているのか? 衆議院議員,県知事,そして今,参議院議員として長年,日本政治と格闘し続けている上田清司氏に昨秋開催の白馬会議で語ってもらった。

16年ぶりに国会に戻って驚いたこと

 衆議院議員を3期やった後,埼玉県知事を4期務め,2019年の参議院選挙で16年ぶりに国会に戻って来たが先ず驚いたのは,霞が関の担当省庁や国会図書館に資料やデータを問い合わせた時の反応だ。「いつ頃要りますか?」と必ず返ってくる。「当たり前だけど今,欲しい。」と言っても「そうですか。」という感じでなんともスローな対応だ。停滞する政治の裏側を見た気がする。そして役所の改ざん資料が蔓延していた。20年前の国会答弁では本当のことをぼやかしたり,言わなかったりしたことはあったが,嘘をつくことはなかった。安倍元総理は118回,虚偽答弁をしたと衆議院議長が「認定」したが,安倍氏からは明確な反論はなかった。

 さらに悪質なのは「答弁を差し控える」という言い草だ。私が衆議院にいたころはほぼ皆無だったが,ここ10年で急に増え始め,2019年に安倍総理は「答弁を差し控える」を42回使った。2020年には二人の総理で合計80回(安部:32回,菅:48回)を記録した。憲法63条で国家での総理・大臣による答弁は義務化されており,拒否すれば憲法違反であり議員辞職しなければならないことを多くの議員は忘れていた。

 驚くべきニッポン政治の変質はまだある。郵政民営化,国立大学・国立病院の独立行政法人化で48万人の国家公務員が民間人となったが,彼らを取りまとめる霞が関の上部組織の肥大化は止まらず,幹部公務員・役職者はむしろ増えることになった。「口入れ屋」「引き込み屋」の横行による随意契約や中抜き企業が増加した。その極みが誰が決定したのか不明瞭なアベノマスク460億円の公共支出だ。さらには政権とマスメディアの癒着も目に余る。総理はじめ政権幹部の夜のお相手のメインは大手新聞社・テレビ局のトップ達で,彼らがまた政府系審議会の常連メンバーとなっている。かくして政治が批判勢力に耳を貸さず,マスコミを手なずけ抑え込んでしまうと国力の低下が始まる。

「衰退途上国」ニッポン

 日本経済衰退のデータは山ほどある。スイス国際経営開発研究所の世界競争ランキングで1990年代当初3年間1位を占めた日本は今30位代前半で低迷を続け,GDP規模でも90年代後半以降5兆ドル前後のままで,20兆ドルを超えた米国,15兆ドルを超えた中国に大きく突き放された。一人当たりGDPランキングの凋落も目を覆うばかりで,90年代初頭のトップクラスから現在30位台すれすれで既に香港に抜かれ韓国に迫られている状況だ。名目賃金を日米欧で比較すると1995年を100とした場合,日本が100前後で依然停滞したままに対して米国は200を超え,欧州も160を突破している。日本国民の年収レベルをグループ別に見ると最も人口の多い「中央値」は1995年の545万円から2020年には437万円まで100万円以上減少した。これがこの国の生活実態だ。日本は今,発展途上国ならぬ「衰退途上国」への道を歩んでいる。

埼玉県はどうやって「衰退途上県」から脱出したか?

 「衰退途上県」からの脱出が埼玉県知事として私の実験であり挑戦であった。例えば埼玉県の納税率は就任時,全国でなんと46位だったが17位まで押し上げた。高校生の中途退学率も46位から9位まで改善させた。県内のアユの生息率は53%から川の再生で89%まで飛躍的に向上させた。

 どうやって実現したのか。知事室にやって来る県内の市長さんや町長さんの反省心と競争心を喚起させたのだ。知事室の壁に飾ってあった絵画は全て奥にしまって,壁のいたるところに県の各分野の統計データをグラフ化して張った。グラフ化のポイントは過去からの推移を描いたこと。さらに全国水準や県内水準で当該市町村がどの位置にあるか,ズバリ何番目かを示したことにある。

 国も地方も,役所・役人というのは今のことは気にするが「10年のトレンド」には無関心だ。彼らの口癖は「やってます」の世界であり,やった結果については問われない。結果がどうであろうと給料もボーナスも出るし,基本的に公務員は首にならない。彼らの職務任期はせいぜい2年でどんどん異動していくし,そもそも結果を監督確認する人間がいないため「やってます」の一言で通ってしまう。知事室のグラフで川口市の納税率が600余の全国の市の中で最下位だったことを示したが,今は全国で半分ぐらいのところまで上がって来た。川口市長は「初めて知った」と言って猛ハッスルしたわけだが,知事室に来るまではわからないままですんでしまう市役所の市長だったわけだ。

10年赤字なら10年牢屋に行くしかない

 私が知事になった時,埼玉県の県営企業は全て赤字だったが,今はどれも黒字だ。これも県職員に「やってます」の結果責任を厳しく問いかけたことが功を奏したわけだが,そのためには公営企業の責任・役割への認識も大事だ。

 万年赤字の県営浦和競馬は何故黒字に転換できたのか?公営企業の本質を問いかけたからだ。競馬自体は刑法186条に抵触する博打・賭博業だ。しかし,浦和競馬は刑法適用除外を受けている。なぜなら競馬収益が県民の公益に貢献しているからだ。但し,万年赤字では県民に貢献できない「ただの賭博」だ。刑法に抵触するのだから牢屋に行くしかない。赤字の期間が刑期というならば10年赤字なので10年牢屋に入らなければならない。この理屈が浦和競馬の経営者たちの眼を醒まさせた。同様の考え方で,私が会長だった全国競輪施工者協議会も52団体中半分近くが赤字だったのを全団体黒字転換させた。

 47都道府県の財政赤字は10年前205兆円だったが,今,195兆円と10兆円減った。但し,どの都府県がどれだけ赤字を減らしたのかについて総務省は公には発表しない。実は総務省,経産省,財務省等霞が関出身の知事の所は一つも減らしてない。だから公表にも消極的だ。ニッポン政治の中央・地方の現場の根幹は依然,検証不能な無責任体制が続いている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2813.html)

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