世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2516
世界経済評論IMPACT No.2516

ドイツを見習え?:プーチンの戦争でドイツは肥料を作れなくなる

鶴岡秀志

(元信州大学先鋭研究所 特任教授)

2022.04.25

 遅筆なので本稿を執筆中にほぼ同様の論点の解説や論考が5件以上登場した。従って,本稿は後追いである。ただし,化学工業的具体論を加えているので「新規」である。

 2月24日以降,西側諸国による経済制裁や対抗するロシアの輸出制限などで最終製品に至るサプライチェーンに影響がでている。4月4日付INPACTで福田先生,平田先生,平川先生が指摘するように,プーチンの戦争によりSDGs運動を継続することが怪しい雲行きである。プーチンの戦争そのものがSDGsに真っ向から対立する事象なので,SDGsの重要性を訴えても虚しく響く。ロシアは人権関連項目を無視していることに加えて,二酸化炭素排出削減のための重要な資源までも戦争遂行と西側諸国との駆け引きの道具にしている。一つ一つ取り上げればキリが無いが,我国マスコミが取り上げるものだけでも希ガス,ニッケル,パラジウム,そして通貨等々。さらに一部の切削加工に使われる人造ナノダイヤモンドの実質的な唯一の供給国なので思わぬ影響が出てくるだろう。

 この世界的危機の状況で金融関係業界はSDGsの全面的見直しをタブー視している,あるいは状況変化に対応できていないと見える。主要新聞各紙に,ほとんど毎日,資産運用を含めた金融関係業界が発表するSDGsあるいは環境に特化した資産運用や保険の記事が登場する。ドイツ的に,「化石燃料に頼るからプーチンへ強い打撃を与えられない」という理屈で再生可能エネルギーをより一層進めることは一見理にかなっているように見える。日経新聞4/8の報道では,ドイツは2035年までに自国エネルギー消費のすべてを再生エネルギーにすると報道された。タレントまで使ってSDGs推進の日経でも,さすがにこの方針には強い懐疑を抱いている。欧州主要国で発生した昨秋の風力発電低下からも分かるように,再生可能エネルギーはその総出力と同等のバックアップ電源を必要とする。それだからこそ,今年1月に欧州議会はタクソノミー修正で原発と天然ガスを二酸化炭素排出削減に寄与するものとした訳である。しかしドイツの原発は残り3基を年内停止予定で,これをどうするかで揉めている。他方,天然ガス受け入れ基地が無いので海上天然ガス輸送に支障があり,ロシアからのパイプラインの代替が直ぐにできない。そのため効率の悪い亜炭発電所を再稼働させる方向に動いている。

 一方,産油国ではSDGs/ESG推進のために化石燃料への投資が絞られたために油田の維持や開発が滞った状態が続き,原油増産と言われても今日の明日でできる状態ではない。この状況でも未だに多くの金融機関や大口資産運用団体は環境NGOと連携して二酸化炭素排出に対する投資を制限する方向に動いている。しかし,西側自由主義諸国の標榜する世界秩序が崩れてしまったのでSGDsという縛りを再考しないとエネルギーだけではなく食料の安定供給にも支障をきたす。つまり飢餓を招いてしまう。

 肥料は窒素,リン,カリウムが主要三要素であり,このうち窒素は空気中に多量に存在するが,マメ科の様な一部の植物を除き気体以外の形態にしないと活用できない。窒素固定といってアンモニア塩か尿素誘導体の形にしないと植物は窒素を根から取り込むことができない。その原料でもあるアンモニア合成の主要国は,中国(約30%),ロシア,米国,インド(それぞれ8%前後)で世界の半分程度を生産する。中国とインドはコークスを製造する過程で発生する一酸化炭素と水を主原料とし,ロシア,米国,インドネシア,オーストラリアは天然ガスから合成する方法が主流である。100年以上前に合成法を確立したドイツの生産量は若干増えているものの世界全体の2%程度で,アンモニア生産原料である石炭を代替する天然ガス供給が止まると生産量が急減するだろう。なお,日本のアンモニア生産量は世界の2%である。我が国国内消費量の約20%は輸入であるあるものの,昭和電工のように廃プラスチックからアンモニアを合成する技術など,自国でアンモニア生産技術をしっかりと保有している。なお,肥料消費全体では市場価格との見合いで尿素肥料の80%をマレーシアと中国から輸入している。

 アンモニアの50%強は肥料向けで消費される。つまり,主原料の天然ガスか石炭に投資をしないと食料が生産できなくなるのである。ところがアンモニア生産で重要な石炭への投資削減による肥料製造への影響はCOP会議で「見ないこと」として扱われてきた(オーガニック信奉者が多いため?)。地球温暖化による農業生産への影響が論じられているが,約100年前に工業化されたアンモニア合成による食料の増産を忘れてはいけない。合成アンモニア肥料の登場で単位面積あたりの収穫量はそれ以前に比べて少なくとも30~50%増加した(Stewart, WM, et al., Agronomy J., 97(2005))。化石燃料を使って生み出される農薬や農業機械の貢献,更に品種改良を含めると単収は2倍強に増加している。つまり,SDGs,特に化石燃料関連投資削減を強引に進めると食糧生産が減少に転じる。

 SDGsは新自由主義で利潤追求が行き過ぎたことに対するアンチテーゼ的精神論と言えると思うが,観念論と物流のギャップを無視して環境推進派が大騒ぎをしたのが2021年であった。しかしプーチンの戦争でその矛盾した部分が一気に吹き出している。メルケルが日本の自動車産業を潰そうと仕掛けてきた電気自動車も,電池の供給が怪しくなってきたことから化けの皮が剥がれ始めている。投資・融資・保険を取り扱う企業は,国連の定めた道徳的SDGsを使った曖昧なモノサシを使用停止にしないと人類を滅亡に追いやる引き金を引くことになる。温暖化対策を標榜して食糧難に陥るなど,紙に書かれたことを頑なに守り通そうとする我国の憲法9条絶対主義者と同じである。いまこそ,金融関係者はSDGs投資の基準を,お得意のアカウンタビィティを駆使して自らの判断内容を詳細に公表すべきである。もちろん,最低限の負の効果検証として食糧生産への影響も検討しなければいけない。さらに,後世の歴史検証のための記録としてSDGs適合の判断を行うメンバーをその評価内容とともに公開すべきである。そうすることで,単なる金融社会の金儲けの言い訳にならず,社会に受容され地球と人類に適切に貢献することになるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2516.html)

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