世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ファブレス最大手クアルコムの選択:Snapdragon 888の過熱問題
(九州産業大学 名誉教授)
2021.08.23
ファブレス最大手クアルコムのモバイルSoC(System-on-a-chip=システムLSI)のSnapdragon 888(スナップドラゴン888)は,サムスンに製造を委託したものである。発売時,Snapdragon 888の過熱事件(スマートフォンでゲームをすると,僅か30分で約40度の高温になる)を,メディアは「ファイヤードラゴン」(火を噴くドラゴン)と皮肉った。
なぜこのような高熱を発するのか。Snapdragon 888の電力消耗(加熱)が多い理由は,次の不具合が発生したからである。SoCの前段階製造プロセスは主にトランジスターによって構成され,後段階製造プロセスは多層の金属リード線によって構成される。前段階は5nmの製造プロセスであり,後段階の金属リード線は約10nmの製造プロセスである。事実上,後段階の金属リード線は約10nmであり,リード線はDUV(深紫外光)レーザーで加工される。前段階のトランジスターの5nmの製造時はEUV(極端紫外線)露光装置と比べると,DUVで製造する10nmのリード線の解析度は高くない。言い換えれば,リード線が製造過程において,両者の太さが異なっているために,ピッタリと接続するのは簡単でない。仮に10nmの金属リード線と5nm側と接続時に歪みがあった場合,電流が流れた時に接続箇所に多くの抵抗が生じ,加熱が発生することになる。
Snapdragon 888の製造を受託したサムスンは過熱の課題に検討を重ね,多層金属リード線を改善した。双方の接続の箇所をピッタリと整えそろえることによって,加熱の課題を解決した。
しかし,Snapdragon 888の過熱問題の発生によって,クアルコムが来年に発売予定のSoC「Snapdragon895プラス」は,アップルのiPhone14(仮称)に搭載予定のA16のSoCと同じように,TSMCの4nm製造プロセスを採用する可能性が高まった。
クアルコムが今年に発売する「Snapdragon778」の仕様を見ると分かるように,競合ライバル企業のメディアテック(聯発科技)の「Dimensity1000(天璣1000)」と「Dimensity1200(天璣1200)」のSoCを意識して対抗製品として開発したものである。Snapdragon778はメディアテックのDimensity1000とDimensity1200と比較しても遜色はない。事実上,Snapdragon778は6nmの製造プロセスを使用しているが,そのパフォーマンスは優れている。
サムスンが優遇価格を提示し,TSMCから受注を奪い取った。しかし,サムスンの良品率と生産能力が芳しくないため,クアルコムの業績の悪化をもたらした。明らかに,クアルコムが,半導体の委託製造をサムスンの1社に絞ったのが誤りのようであった。
クアルコムはアメリカ政府によって,半導体を華為(ファーウェイ)に販売することを禁止され(華為はトランプ政権からエンティティリストに指定された),業績悪化を招いた。そこに,サムスンに委託製造した半導体の過熱問題が業績悪化に追い打ちをかけた。その後,挽回策として,TSMCに半導体の製造委託を求めた。これは非常に合理的な選択と言えよう。
来年発売予定のSnapdragon895プラスのSoCは,基本的にはTSMCの5nm製造プロセスの強化バージョンである4nm製造プロセスを採用する可能性が高い。一方,現在の動向を観察すると,クアルコムはサムスンへの半導体の製造委託を直ちには放棄しないと考えられる。その理由として,サムスンはTSMCからクアルコムからの製造受託を奪うために,TSMCよりも安価な優遇価格を提示しているからである。クアルコムは,TSMCとサムスンの2社に異なる仕様のSoCを委託する方が利益になると判断しているだろう。この場合,片方に不具合がでた時,片方の製品で挽回できるチャンスがあり,リスクを確実に分散できるからである。
確かに,サムスンが製造したSnapdragon 888に過熱の問題はあったが,現在,このトラブルの原因は既に解明された。過熱問題から既に半年が過ぎ,サムスンも改善していると考えられる。言い換えれば,サムスンからの追い上げは速く,TSMCとサムスンとの技術の差はそれほど多くはない。
最近,クアルコムがパソコン用のCPUを開発するニュースが流れている。本来,クアルコムはスマートフォン用のチップを専門に設計・開発している。なぜ突然,パソコン用のCPUに参入するのか。その主な理由はアップルにある。アップルはもともとインテルからCPUを購入し,自社のパソコンに搭載していたが,アップルがARMを使い,M1とM2のCPUを自社で設計し,大きな成功を収めたことにある。このニュースにクアルコムは非常に興奮し,「脱インテルのCPU」をビジネスチャンスと捉え,ARM方式のCPU製造に参入することになった。
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