世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1557

ウォーラーステインが遺したもの

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2019.12.02

 筆者の専門はいわゆる開発論である。具体的にいうなら開発経済学と国際経済論とを総合する方向でどうにか仕事をこなしている。このところ,歴史的パースペクティヴから議論することが多くなっている。そこで本コラムでは,先ごろ逝去したウォーラーステインのパースペクティヴについて開発論に関連させながら述べてみたい。

 わが国を代表する紹介者としては川北稔氏(大阪大学名誉教授)があり,少し若くなると山下範久氏(立命館大学教授)もいる。昔でいえば,マックス・ヴェーバーの研究者として大塚久雄氏が有名であったように。

 ウォーラーステインといえば,第二次世界大戦後の開発論を基礎づけたプレビッシュの影響を受けたことは確かな事実だ。なぜなら彼が多用した中核=周辺アプローチは,プレビッシュの用語法であった中心国=周辺国的パースペクティヴから得られたものだからだ。後者は南北問題に限定して用いたが,ウォーラーステインはグローバルな歴史解釈の領域でさらに拡張して中核=半周辺=周辺の枠組みで考えた(半周辺とは新興国を意味することが多い)。それがいわゆる「近代世界システム論」にほかならない。彼の学派を体系化するうえで影響をあたえた代表的学者には,フランスのフェルナン・ブローデルやハンガリーのカール・ポランニーもいたとされる。

 次にウォーラーステイン流の中核=周辺アプローチを特定地域の史的過程にあてはめて考えてみよう。

 まず近世の東ヨーロッパに見られた再版農奴制を説明するうえで有用であろう。つまりそれはエルベ川を境に,エルベ以東地域が穀物生産と輸出への特化過程が進行してゆき,封建制度が深化することになった事情をいうのだが,それとは逆にエルベ以西地域では工業化が進み近代資本主義の発展へとつながったとされる。まさしく好対照なのである。もっと踏み込んでいえば,エルベ以西では中産的社会階層が形成されて工業化の過程にそれが寄与したのに対して,エルベ以東では封建領主(ユンカー)の権威が強大化していった。こうした事情の根底にあったのが,エルベ以東の一次産品とエルベ以西の工業製品との貿易関係であった。

 次に南北戦争以前のアメリカ南部の経済事情も,世界システム論によって説明可能とされる。当時南部では綿花南部と呼ばれ,奴隷制プランテーションを中心に経済が循環していた。それは当時の中核国イギリスとの貿易関係を通して機能していたといえるのであって,一次産品の綿花を輸出してイギリスから工業製品の綿織物を輸入するといった貿易パターンであった。それによって社会構造も規定されたのだった。世界システム論の見方によれば,アメリカ南部は周辺地域であり,イギリス向け主要輸出品の綿花を中心に循環する経済であり,プランテーションの経営者が最大の利益を享受していた。すなわち彼らが社会構造的にも特権階層を形成していて,政治をも牛耳った。じつは建国期においても,ヴァージニアのタバコ・プランテーション経営者層が政治面でもトップの地位に就くことが多く見られた。初期の大統領ワシントン,ジェファソン,およびマディソンというように。つまりこうした政治社会の諸事情こそ,ウォーラーステインが主張する世界システム論によって説明される重要ポイントなのである。

 さらに例を挙げると,17世紀から19世紀にかけてのイングランドとアイルランドとの関係も世界システム論の枠組みで捉えることができる。1848年に発生したジャガイモ虫害によって,アイルランドが苦しむ事情にいたった歴史プロセスがそれだ。イングランドによって征服され,植民地となったアイルランド。そこは周辺地域としての宿命,主要一次産品(食肉やジャガイモ)の生産と輸出に特化させられた。結果的にジャガイモ虫害が深刻な悲劇を生んだのだった。

 では現代についてはどうか。すぐに想い浮かぶのは,アメリカとメキシコとの関係である。中核国として圧倒的な存在感を誇示するアメリカと,政治経済面で翻弄される周辺国メキシコといった図式である。このケースは史的に見られた一次産品と工業製品との貿易関係というのではないけれど,NAFTA(北米自由貿易協定)の結成,マキラドーラ,および国境フェンスの構築まで及んでいて,メキシコは周辺地域の状態から依然として脱却できない状況にあることは明らかだ。

 かくしてウォーラーステインによる史的展望が,さまざまな歴史事情をみるとき豊かな示唆を与えてくれるということは確かであろう。

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