世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1318

中国の改革開放40年と日本の役割

太田辰幸

(東洋大学アジア文化研究所 客員研究員)

2019.03.25

 昨年,日中間に大きな意義をもつ二つ記念行事が行われた。日中平和条約締結と改革開放政策移行40周年である。後者は中国のその後の発展の起点となった重要な政策転換であり,それ以降の中国の目覚ましい発展はまさにこの開放路線によって達成されたといっても過言ではない。最近,日本の果たした役割について海外でも注目されていることから,NHKがこの問題の特集を組み,本年2月10日「改革開放を支えた日本人」として新日鉄の宝山製鉄所建設協力がTV放映・紹介され,大きな反響を呼んだ。反響の大きさからその後2回,計3度再放映するというNHKとしても異例な取り上げ方であった。また日をおかず中国でもひそかに放映され,1千万を超える反響があったと伝えられている。NHK番組をご覧になった方も多いと思いますが,一筋縄ではいかない日中問題を考える上で,改めて本案件の日本側の役割を振り返り,意義を考えてみたい。

宝山製鉄所建設プロジェクトにおける新日鉄の協力

 文革で荒廃した中国経済を立て直すため1978年開放路線へと舵取りを切った鄧小平は,日本をモデルにするため同年秋来日し,不足していた鉄鋼の生産増強のため新日鉄君津製鉄所を視察,上海の宝山製鉄所建設の技術協力を要請した。稲山会長,土光経団連会長は贖罪意識もあって協力を約束し,同年12月起工,85年に完成した。この間の新日鉄の苦労は放映でも一部紹介されたが,実際に本プロジェクトに関わった関係者は筆舌に尽くしがたい体験をされたようだ。相手側の一方的な契約破棄で一時工事が中止され,工期の再三の遅延要請や度重なる資金協力要請,世界最先端の設備・技術の過大な値引要求,国内問題を糊塗するための責任転嫁,特許や工期の再三の遅延要請,知財権に関する認識ギャップなど,当事者の話によれば,うんざりするほどの難題続きだったという。資金難から工事中止の危機の際に要請された資金協力(3000億円融資)には官民(新日鉄や日本政府)挙げて応え,工事を継続させた等々。加えて先端技術の操業,経営ノウハウの乏しい相手側の教育・訓練のため,中国技術者1000名の受入れ,日本側から技術者320名を含む延べ8000人を派遣するなど,全社あげての支援体制で取り組んだのである。こうして一時は日の目をみるかと危惧されたプロジェクトが双方の努力・工夫・忍耐によって難題を都度克服し,7年余の苦節の末にやっとの思いで完成をみたときの関係者の喜びは格別なものがあったという。

開放政策と中国の飛躍的発展

 昨年12月18日の改革開放40周年記念式典が北京で盛大に開かれ,習近平主席は「改革開放の40年間共産党の指導の下で偉大な変革を成し遂げた」と自画自賛した。たしかに数字から見る限り,この間の各種の経済データは驚異的である。1978年当時,日本のほぼ80分の1だった中国のGDPは,この40年間に200倍超に拡大し,日本は追い抜かれ,中国のGDPの3分の1になるという日中大逆転,中国が世界第二の経済大国として躍り出た。この間貿易は300倍(外務省データ)に増え,世界最大の貿易国となった。鉄鋼生産量も1996年に世界首位となり,それ以後トップを維持,いまや世界生産の5割以上のシェアを占め,断トツである。当然ながらこのような成果は一党,また一国単独で実現できたわけではなく,外国資本,技術の導入なくしては不可能であった。ここで見逃されがちな日本側の協力,関与について指摘しておくと,79年最初の中国向け西側の供与として始まった日本のODAは2018年まで総額は有償,無償を合せ3兆6千億円に達した。この資金は北京の地下鉄,武漢の大橋などインフラ建設にも投入され,中国経済の近代化に大きく貢献した。また民間部門の役割も極めて大きく,日本の企業進出は5万社以上,対中投資は1位(日経2018.12.18記事)である。中国の輸出入の5割以上は外資によるものであることから,日系企業の中国の貿易拡大に果たした役割は軽視すべからずものがあると推定されよう。

宝山製鉄所建設の経済効果

 中国の発展の起爆剤となった改革開放政策の中核をなすものは上海の宝山製鉄所プロジェクトであった。この中国最大の製鉄所は,鄧小平副首相が新日鉄の君津工場を視察した際,同じものを作ってくれとの要請に応えて完工された最先端の設備を備えたもので,現地の生産現場の近代化,生産性向上にきわめて大きなインパクトを与えた。宝山製鉄所の契約年生産高は6百万トンであったが,これは当時の国内年間粗鋼総生産高約3千万トンの2割に相当する巨大な生産能力である。産業連関効果がきわめて大きい基礎材を供給する新設工場が国内の関連製造業,中国の経済発展にどれほど貢献したか,計り知れない。ほぼ同時期に協力した小松製作所などの日系企業とも相まって新技術,経営ノウハウの移転,波及効果を考えればその相乗効果は想像に余りあるといえる。12月18日の40周年記念式典では,日本からは大平正芳首相と松下幸之助の二人が表彰されたが,新日鉄の稲山会長が選ばれなかったのは解せないというのが実感。宝山製鉄所建設が中国経済発展の重要な出発点になったとすれば,新日鉄の役割はもっと評価されてよいのではないかと思う。

中国経済の巨大化と国際環境変化

 近年の中国の国際法無視の南シナ海の孤島の軍事基地建設や東シナ海の尖閣の奪取の動き,欧亜の支配権拡大の意図さえ疑われる一帯一路政策などの拡張主義は,トランプ大統領の中国問題顧問のハドソン研究所の上級研究員マイケル・ピルズベリーが「China2049」(原名The Hundred-year Marathon: China’s Secret Strategy to Replace America as the Global Super Power. 2015)で述べているアメリカに代わって覇権を掌握しようとする中国の長期戦略の一環とも解される。米国は前大戦の同盟国であった中国に対しては発展すれば民主化,自由化し,グローバル社会の一員になると期待して支援し,WTO加盟も容認してきた。だが,近年の中国の行動パターンをみてその期待が裏切られることになった。もともと親中派だったピルズベリーが中国の意図を見抜いて警戒し始めたように,米議会も中国は到底責任大国になりえないと,反中派の影響力が増し,いまや米政権は昨年10月4日ハドソン研究所でのペンス副大統領の演説で明らかになった対中casus belli(「宣戦布告」のラテン語。Financial Times記事)ともとれる対決姿勢を鮮明にするに至った。

 わが国は国交回復以来,中国との歴史的な経緯もあり,官民とも長期的,大局的観点に立ち,経済面,技術面の協力関係の深化に努めてきた。大平首相がODA供与を決定したのも「より豊かな中国の出現がよりよき世界に繋る」との考えからだった。とくに発展の初期段階における資金不足,近代的ノウハウの欠如した中国にはしばしば民間も気前よく協力の手を差し伸べてきた。しかるに中国の反日姿勢は弱まる兆しはなく,近年は領海の尖閣島進出の動きをみせるに至っては多くの国民が納得できかねる感情を抱くのは当然であろう。中国では「井戸を掘った人を忘れない」との言い伝えがあり,最近では中国政府要人は公式の場で中国の近代化に対する日本政府の協力に感謝の言葉を表明はするが,行動が伴っていない。中国の本質はなにか,米国の対中姿勢の変化をみて考えさせられる。

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