世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1299
世界経済評論IMPACT No.1299

なぜ米朝第二回会談はハノイで開かれたのか:地政学の論理

安室憲一

(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)

2019.03.04

 第二回米朝首脳会談は,合意見送りとなった。北朝鮮は,1)寧辺(ニョンビョン)の核施設の廃棄や査察の受け入れ,2)東倉里(トンチャンリ)のミサイル発射試験場と発射台の解体,3)豊渓里(プンゲリ)の核試験場への査察受け入れ,などに取り組む用意があると表明した。その代償として,国連安全保障理事会等による経済制裁の撤廃を要求した(日本経済新聞オンライン2019年2月28日(木))。交渉以前は,トランプ大統領がアメリカを狙ったICBMの撤廃と寧辺の核施設の解体だけで合意してしまい,核弾頭と中距離ミサイルが残されてしまうのではないかと心配されていた。その意味で,合意見送りは,日本には「最悪」を免れたという安堵を,韓国の文在寅政権には大誤算となった(産経ニュース2019年2月28日,南成旭・高麗大学教授へのインタビュー)。これで当面,文政権は南北の共同事業ができなくなる。次回の首脳会談は予定されていないが,北はアメリカの連絡事務所の設置には合意したので,実務的な対話は進むだろう。

 ところで,第二回の首脳会談がハノイで開かれた意味を考えてみたい。トランプ大統領は,北朝鮮が核兵器を完全に廃棄すれば,体制保証と経済の繁栄を支援するとのメッセージを金正恩委員長に届けるためにハノイを選んだ。金正恩委員長は,金日成時代から親交のあるベトナムなら安心して行ける。これが定説だが,私見では,トランプ氏にはもう一つのメッセージがあったと見る。それは,韓国の文在寅大統領への警告である。

 文在寅政権は近年,民族主義を唱えて北朝鮮への接近を強めている。今回の米朝首脳会談でも南北の共同事業の実現に向けて,国連の経済制裁の緩和と核施設の部分的解体・査察での合意を期待していたと思われる。つまり,南北統一の際,北朝鮮側が核兵器を保有していることに必ずしも反対ではないのである。統一朝鮮が周辺の強大国,中国,ロシア,米国,日本と対峙するとき,核保有国としてのステータスは捨てがたい。したがって,文在寅政権にとって米朝合意は曖昧であるほうがよい。とくに,米朝合意の一環で米軍の撤退が部分的でも実現できれば,より南北統一に近づく。これに警告を与えるのが,ベトナムでの会談の意味である。

 ベトナム戦争を想起しよう。ベトナムは南北に別れ,北は中国とソ連,南はアメリカと同盟国が支援し長い間戦争をしていた。1973年のパリ協定で停戦合意が成立したが,北による攻撃は続き,ついに1975年4月30日にサイゴンが陥落し,北が南を征服した。このときに華僑を中心に110万人以上のベトナム人が海外に逃亡し,10万人を超える南ベトナム政府関係者・軍人らが捕縛収容された。15年以上続いた戦争で,南北ベトナム合わせて500万人の死者と数百万人の負傷者が出た。統一後の死者数は100万人に上るという(ウイキペディア「ベトナム戦争」「ボートピープル」参照)。

 南ベトナムのグエン・バン・チュー政権が崩壊した理由は,アメリカ軍が撤退(24,000人)したこと,軍事支援の要請をアメリカ議会が拒否したことである。つまり米軍が撤退したことが北ベトナムの共産軍が南ベトナム軍を打破する直接の原因だった。アメリカがグエン・バン・チュー政権を見限ったのは,南ベトナム政府の腐敗,惰弱な軍隊,戦闘をアメリカ兵に押し付けたことである。つまり,南ベトナム政府には,自国を自分たちで守るという強い意志がなかった。

 文在寅政権が北朝鮮と平和裏に連邦制を築けるかは,金正恩委員長の腹一つで決まるだろう。韓国に米軍が駐留していれば,北は軍事力の行使を控える。もし韓国を攻撃すれば,駐留米軍が核武装する恐れがあるからである。しかし米軍が撤退したとなれば話は違ってくる。南北ベトナムの歴史は,そのまま南北朝鮮の未来になる可能性もある。日韓の慰安婦問題の合意も,リベラルな前オバマ大統領が安倍晋三首相の頭を抑えて謝罪させ,韓国の朴大統領のメンツを立てろと合意させたものである。それは米韓の連携強化のためには,日本の協力(譲歩)が不可欠だったからである。文在寅政権はそれを反故にした。つまり,反日を借りた反米・離米なのである。米軍のいない韓国は,核武装した北朝鮮の金正恩氏の思い通りになる。南ベトナムの運命は韓国の運命だと,トランプ大統領は警告したのである。北ベトナムは米国の敵だった。その国ともアメリカは仲良くやっている。それなら,統一朝鮮後の金政権とも仲良くやっていけるのだ,と言いたいのである。

 韓国政府も韓国国民も,トランプ氏の隠されたメッセージに気づいていないようである。しかし,その意味を悟るのはそれほど先ではないだろう。恫喝された文在寅政権は親米に傾かざるをえない。その結果,「いやいやながらの」親日政策も始まるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1299.html)

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