世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2861
世界経済評論IMPACT No.2861

インドで本格化する半導体産業立ち上げの動き

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2023.02.20

‘Make in India 2.0’ とインド半導体ミッション(ISM)

 インドでは第1次モディ政権下で製造業拡大に向けて‘Make in India’ が打ち出されたが,総花的な内容で,具体的成果につながるものではなかった。そのため第2次モディ政権下では,新たに‘Make in India 2.0’として,グローバル・サプライチェーンに直結した競争力ある製造業のハブを確立するという観点から,生産連動型インセンティブ(PLI)スキームが打ち出された。2020年に開始された上記スキームは,14部門を対象に約5年間で1兆9700億ルピー規模(1ルピー:約1.6円)の予算を計上し,売上増加分に対して4~15%相当の資金的支援が提供されるというもので,ITハードウェアや大規模エレクトロクス部品もその対象に含まれている。

 さらに2021年12月には,半導体産業の立上げを支援すべく,7600億ルピー規模のインド半導体ミッション(ISM)が打ち出された(昨年9月にはその改訂版が提示された)。ISMで注目されるのは,半導体やディスプレイ工場の立上げに要するプロジェクト・コスト全体の50%相当の資金的支援が提供されるという極めて破格な優遇策が提示されていることである(注1)。それに地元州政府による資金的支援を上乗せすれば,中央・州を含めた政府の資金的支援はプロジェクト・コスト全体の70%にも及ぶことになる。

何故,半導体産業が必要とされるのか

 インドでは携帯電話,消費者用・産業用エレクトロニクス製品の拡大は目覚ましいものがある。ちなみにインド国内での携帯電話の製造は,2014年度の6000万台から21年度には3億1000万台に拡大し,世界第2位のレベルに達している。2025年までに1兆ドル規模のデジタル経済を実現するとのビジョンの下で,エレクトロニクス産業の国内規模を19年度当時の1180億」ドルから25年度には3000億ドル(輸出規模は1200億ドル)に拡大させることが目指されている(注2)。

 ところでエレクトロニクス製品の心臓部を構成しているのが半導体である。しかしながらインドでは半導体産業は欠いたままであり,このままではインドの半導体輸入額は現在の240億ドルから2025年までには1000億ドルに達すると展望されている(注3)。他方,ソフトウェア大国として,インドは半導体の設計分野で優位性を発揮しており,世界全体の20%の相当する豊富な半導体設計の技術者を擁している(注4)。そのため当面,インドが優先すべきは競争力を有する半導体設計の分野であるとして,インドが半導体工場の建設に走ろうとすることに懐疑的な議論が展開されていることも事実である(注5)。しかしながらインドではエレクトロニクス製品の輸入が大規模に急増しており,ソフトウェア輸出の利益が相殺されるであろうことは明らかである。さらに昨年8月の米国でのCHIP法(CHIP and Science Act)の成立に象徴されるように,米中対立の地政学的リスクの下で半導体確保をめぐる戦略的重要性が強く叫ばれている最中,インドが半導体を含めた製造業エコシステム全体の早急な確立が強く迫られていることは当然の成り行きといえよう。

ISMの応募状況

 昨年2月のISMの第1次募集に際して,半導体工場の建設に関して次の3件の応募があった。第1に,アブダビ系投資会社(Next Orbit Ventures)とインテル傘下のイスラエル企業(Tower Semiconductor)の合弁International Semiconductor Consortium(ISMC)であり,すでにカルナータカ州との間で2290億規模の工場建設の合意書(MoU)を締結している。第2に,シンガポールの技術投資会社(IGCC Ventures)であり,タミル・ナードゥ州での工場立地を予定している。第3に,資源大手ベダンタ・グループと台湾のフォックスコン(鴻海科技集団)の合弁(Vedanta-Foxconn)であり,すでにグジャラート州との間で1兆5400億ルピー規模の工場建設のMoUを締結している。

今後の展望

 上記3つの候補のうち,これまで本命と目されてきたのがVedanta-Foxconnであるとされるが,最終選考の先延しを伴いながら,ここにきてISMの第2次募集が今年3月中に新たに開始すされる可能性が高まっている。上記3件の候補以外にも,幅広く有力な候補の参加を募るための措置と思われる。ちなみに昨年末,大手財閥タタ・グループは今後5年間で900億ドルを投じて半導体事業に乗り出すとの方針を明らかにしている(注6)。半導体チップの「後工程」の生産に参入し,その後において回路作製を伴う「前工程」を手掛ける予定とされる。タタ・グループはすでにルネサス・エレクトロニクスとの間で自動車,IoT,5Gシステムに向けての半導体ソリューションの開発で戦略的提携関係を形成している。タタ・グループの半導体産業への参入は日系企業との新たな関係形成につながる可能性は大である。

 タタ・グループがISMの2次募集に応じるのか,あるいはISMの最終選考でいかなる候補が採択されるのか,現時点では不明であるが,州政府間で半導体工場の誘致合戦が展開される中,今後,インドでの半導体産業の立上げをめぐっての動きがいかなる形で結実するのか,大いに注視されるところである。

[注]
  • (1)2022年1月,国内の半導体設計会社を支援すべく,別途,設計連動型インセンティブ(DLI)も発表された。
  • (2)Ministry of Finance, Economic Survey 2022-23, Chapter 9 (Government of India, 2023).
  • (3)UPSC Civil Services 2023 Notification, “Modified Incentive Scheme for Semiconductor Chip-Making,” Sept, 27, 2022.
  • (4)Ministry of Finance, op. cit.
  • (5)Swaminathan S Anklessaria Aiyar, “Hold On to Your Chips, India,” The Economic Times, September 21, 2022.
  • (6)日本経済新聞,2022年12月9日付。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2861.html)

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