世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.841

公道カートはアベノミクスのレガシーか(1):観光立国日本の行きつくところ

榎本俊一

(前東北大学大学院 教授)

2017.05.15

 「公道カート」が世間の注目を集めつつある。東京都心,しかも港区,千代田区,品川区といったマンションの立ち並ぶ街やビジネス・マンが忙しく行き通うエリアを「ゴーカート」集団が爆音を轟かせながら走っている光景は一部には知られていたが,コンピュータ・ゲーム・シリーズ「マリオ」で知られる任天堂が2017年2月「公道カート企業」のマリカートを,自社に無断でキャラクター使用したことを著作権侵害等で東京地裁に提訴したことで全国的に知られることとなった。世界でもゴーカートを公道で走らせることができるのは日本だけであるので,外国人観光客に人気があり,カート・レンタル事業として急成長を遂げているという。

 訴訟については,任天堂の主張によれば,マリカートが①マリオカートの略称である「マリカー」を社名使用している,②顧客に公道カートをレンタルする際に「マリオ」等の任天堂のキャラクターのコスチュームを貸与している,③コスチュームの映った画像・映像を宣伝・営業に利用していることは不正競争防止法違反及び著作権侵害にあたるという。一方,業者側はコスチュームの貸出は別会社の行為であり,レンタル客がマリオ等の衣装を着用するのは自社の関知するところではないと反論している。

 しかし,そもそも「公道カート」は知的財産権の問題なのだろうか。知的財産訴訟は特許権,著作権,商標権など知的財産権の侵害差止めと損害賠償請求の外観を採っているが,現実的にはライバルの事業にブレーキをかけることを意図しているケースが多い。アップルとサムスンのスマートフォンを巡る特許侵害訴訟もその一事例である(誰も気が付かないまま終わっている。背後で手打ちがなされたのだろう)。任天堂にとり,公道を「ゴーカート場」として使い,レンタル収益を上げる会社は競合相手ではないが,なぜ任天堂は公道カートの事業にブレーキをかけようとしているのだろうか。

 通常,ゴーカートは遊園地,専用サーキット場を走る遊戯用のものである。公道での長時間走行を想定していないため,路面の凹凸を車体に伝えない緩衝機能と車輪を路面に押さえつけ車輪・車軸の位置決め機能を果たすサスペンションはない。乗り心地や操縦安定性はお粗末であり,シャシだけでタイヤをグリップできる運転手でないとフラフラ運転となってしまう。それにもかかわらずシートベルトはなくシートで体を支えるだけだが,遊技場の整備された道路を短時間走るだけであり,不安定走行になっても停車してコース外に出ればよく,しかも遊園地の管理者が顧客の走行を常に監視している。

 だが,これが公道を走るとどういうことになるだろうか。道路交通法上のミニカー(原動機付き普通自動車)に該当し時速60kmで走行できるとはいえ,ヘルメット着用・シートベルト着用義務もなく車検義務すらない危険な乗り物である。車高が地面すれすれであるから,普通自動車ですら運転手の視界に入らず,事故回避も難しい。普通乗用車と衝突した場合,ゴーカートは車体の下に引き込まれて,凄惨な事故となろう。

 しかも,外国人観光客は都心ツアーの気分でいるため,運転中キョロキョロとよそ見をし,スマートフォンで「自撮り」「他撮り」に余念がない。運転しながら撮影のために後方を10秒近くも振り返っている猛者もいる。「都心を爆走する喜び」に浸るスピード狂もいるが,都心ツアーを楽しもうというレンタル客は時速20km台のノロノロ運転で,5台から20台もの集団を組んで道路を占領しており,交通が滞るだけでなく,沿道の歩行者に手を振って奇声を上げるなど「お祭り」気分の大騒ぎをしている。その結果,建物・歩行者等との衝突事故が頻発しており,数は増えつつあるという。

 また,なぜゴーカートが遊園地,専用サーキットでしか走らないかというと,騒音が問題になるからである。人気のない田舎ですらゴーカートの走行場を作ろうとしても,近隣住民の反対により建設は難しい。環境省・地方自治体等の法律・条令により住環境の悪化が防がれており,ゴーカート事業はそう簡単には開業できない。しかし,公道カートの場合には,レンタル事業者は公道走行可能なカートを普通免許所有者にレンタルしているだけであり,「ゴーカート場」を経営しているわけではないと業者は主張する。

 実態的には,レンタル客は通常集団で(多い場合には20台程度)で「公道」を走行し,レンタル業者が設定した「公道」のルートを,レンタル事業者が設定した時間内で,かつガイド付きで駆け回っており,この「公道カート」ビジネスは10時から22時まで毎時定期的に催行されている。ゴーカート専用場を「公道」に置き換えた以外は,まさにゴーカート事業である。過疎地域でもゴーカート場の建設は難しいが,マンションが立ち並び,人々が暮らしを営んでいる街中で彼等は「ゴーカート事業」を営んでいる。単体でも爆音はものすごいが,朝から夜までゴーカートが集団でグルグルと走り回れば,住民にとり苦痛は物凄い(「都心を爆走する喜び」がキャッチフレーズであるそうだ)。

 公道カートにより怪我をさせられた被害者,騒音に苦しむ住民は,公道カートの運転手がマリオなど任天堂のキャラクターを着込んでおり,業者がその姿を宣伝・営業に使っていることから「公道カートには任天堂が関係しているに違いない」と考え,任天堂には抗議が殺到しているという。現時点で深刻な事故等は発生していないが,事故発生により任天堂のイメージに深刻な傷がつきかねない。このため任天堂は公道カート事業者に警告の意味で訴訟を提訴したと考えられる。

 しかし,こう見てくると,公道カートの問題は知財訴訟の問題でも,任天堂と公道カート事業者の問題でもなく,そもそも交通安全・生活環境の劣化が真の問題であることに気付かず,事態を放置している日本社会の問題であることが見えてくる。安倍晋三首相は「カジノ立国」を成長戦略としているが,「公道カート」はアベノミクスの行きつく処がどこにあるかを指し示す格好の事例であることを次週以降お示ししていきたい。

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